最新記事

リスク

投資上手は脳でわかる

住宅ローン地獄に陥った人は脳に原因があった? お金と脳の意外な関係が最新の研究によって明らかに

2009年7月27日(月)14時09分
ニヒル・スワミナサン

 人間の脳には腹側線条体と呼ばれる部位がある。多くのアメリカ人が変動金利型の住宅ローンなどハイリスクな「金融ギャンブル」で失敗した原因の一端は、この腹側線条体にあったのかもしれない。

80年代前半以来、金融機関は低金利をうたい文句に借り手を複雑なローン契約に引きずり込んだ。初めのうちは低金利だが、しばらくすると金利が高くなるローンが普及。多くの消費者が返済に苦しみ、ローン破綻率は急増した。

 最近米科学雑誌ニューロンに発表された研究によれば、一部の人の脳はこうした金融のトリックにはまりやすいらしい。

 論文執筆者の1人であるデューク大学のスコット・ヒューテル准教授(認知神経科学)は、人間はリスクの高い経済的決断を下すときに「可能性や利益、コストをあらゆる角度から検討したりはしない」と語る。むしろ脳は複雑な問題を単純化しようとする。

 だが過度の単純化は「最も合理的な選択を妨げる可能性がある」と、スタンフォード大学経営大学院のババ・シブ教授(マーケティング)は言う。例えば、当面の金利の低さだけにこだわって住宅ローンを選ぶと、一定期間後の金利の上昇といったマイナス面に足をすくわれる恐れがある。

 ヒューテルらの実験では、問題を単純化しがちな人に特有の脳の活性化パターンがあることが分かった。

楽観的なタイプは危険

 実験では被験者に「くじ引き」をしてもらった。儲けを最大にするか、損を最小にするか、当選の確率を上げるか──被験者はこの3パターンから好きなものを選ぶ。

 くじ引きを行う被験者の脳をfMRI(機能的核磁気共鳴映像法)で調べたところ、損を最小に抑えることを選んだ人と、当選率を上げることを選んだ人の脳には違いがあることが分かった。

 当選率にこだわった人は、くじの結果が分かったときに腹側線条体がより活性化していた。彼らは、損を減らすために必要となる複雑な意思決定より、単に当たりか外れかの結果を重視するタイプだ。

 では、こうした複雑な意思決定が苦手なのはどんな人か。スタンフォード大学のシブによれば過去の研究から、腹側線条体が活性化しやすい人の多くは外向的であることが分かっている。「こうした人々は、そうでない人に比べて衝動的な行動を取りがちで、楽観的なことが多い」とシブは言う。

 このタイプの人は、変動金利型の住宅ローンを検討する際、将来のことをあまり深く考えない可能性がある。失業して返済が滞ったり、住宅市場が暴落してローンの借り換えができなくなったりする事態をあまり心配しない。

 昔はこうした人もそれほど悲惨な目には遭わなかった。住宅ローンやクレジットカードのルールがもっと簡単だったからだと、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授(行動経済学)は言う。

 70年代後半から80年代前半は、住宅ローンといえば固定金利の30年ローンが相場だった。当時は金利だけを見て、自分が返済可能かどうかを判断すればよかった。

「だが、住宅ローンの仕組みが非常に複雑になったので、経済学博士号を取得した人でもなければ契約内容を理解できなくなった」とセイラーは語る。そのため、問題を単純化して考える人が痛い目に遭いやすくなった。

身近な人の意見が歯止め

 米政府は金融面での消費者保護の強化に乗り出したが、金融商品は相変わらず複雑だ。衝動的な人が危ないローンから身を守るにはどうしたらいいのか。

 ごく普通の30年ローンがおすすめだとセイラーは言う。一方で政府はさまざまなローンの条件を簡単に比較できるように、ローン契約書をデータで消費者に提供することを金融機関に義務付けるべきだとセイラーは主張する。これが実現すれば「住宅ローンのアドバイスを行うオンラインサービスも可能になる」と言う。

 固定金利の30年ローンなどごめんだし、ローンの比較が手軽にできるまで待つのも嫌だという人は、契約を結ぶ際に配偶者や友人に立ち会ってもらうといいと、スタンフォード大学のシブは言う。

 楽観的な見通しを立てて、衝動的に契約を結ぶのを彼らが止めてくれるかもしれない。

[2009年7月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中