最新記事

塞げない穴は掘るな

BP原油流出

史上最悪の環境・産業災害を招いた
深海油田探査の野望と教訓

2010.07.16

ニューストピックス

塞げない穴は掘るな

不器用な遠隔操作ロボットに頼るしかない深海に穴を掘り続ける愚

2010年7月16日(金)12時05分
ウィリアム・サレタン

 メキシコ湾の海底から届くライブ映像。4月20日以来、13万キロリットルを超える原油が噴き出すこの大惨事の現場は水深1500誡の深海だ。海水温は氷点ぎりぎり。水圧は15メガパスカル。人間はこの環境に耐えられないので、パイプもバルブも油圧系統も海上からの遠隔操作で設置された。

 そこに誰もいないなら、私たちが見ている映像はどうやって送られてくるのか? 遠隔操作型ロボットの目を通してだ。この6週間、水圧に耐えるよう設計された遠隔操作機(ROV)は流出個所を塞ごうと忙しく働いた。バルブをひねりホースを挟み、原油を分解する分散剤を散布。反応のない防噴装置をつつく。だが流出は止まらない。流出を食い止めるための救助井、リリーフウェル(5.5キロ)の掘削作業が終わる8月頃まで大量流出は続きそうだ。

 私たちは地球に塞ぐことのできない穴を開けてしまった。原油が噴出しているパイプの穴ではない。油田のことだ。

 毎月、海底には新たな穴が掘られる。天然ガス価格が高騰し、手近な油田が枯渇するなか、掘削場所はより沖合に、より深くなっている。30年前の掘削装置は水深約1500メートルでの作業が限度だったが、現在ではその倍以上の深さでの掘削が可能だ。水深3000メートルの海底から1万メートル掘り進む油田も計画されている。

 深海油田には防噴装置が取り付けられている。だが今回のように、防噴装置が作動しなければそれまでだ。91メートル以上の潜水は規制で禁じられている。潜水服を着れば610メートルまで潜ることができるのだが、それでは作業ができない。となると、深海での作業はROV次第だ。

都合が悪いとロボットのせい

 ROVは水深3000メートル以上の深海を自由に動き回る。関節のあるアームで溝を掘ったりパイプを鉗子(かんし)で留めたりワイヤを切断したり。米海洋技術協会は「遠隔操縦アームは人間の腕や手に匹敵する」と言う。

 しかしここ数週間の様子を見る限り、英BPのROVが道具を扱うさまはぎこちない。原油が漏れているパイプを切断しようとしたが、専用のノコギリが食い込んで動かなくなり、それを取り除くだけで何時間もかかる始末だ。

 BPのトニー・ヘイワードCEO(最高経営責任者)は6月4日、人間なら難なくできるはずの作業に手こずっていることを陳謝。7日には、ROVの追加投入の可否を問われた米沿岸警備隊のサド・アレン司令官が、それでは別々の作業をするROV同士がぶつかり合ってしまうという苦しい事情を打ち明けた。

 BPはこのROVの不器用さを事故対応の遅れの口実にする。「水深1500メートルに人間が下りていくわけにはいかない」。BPのロバート・ダドリー取締役はテレビの討論番組でこう弁明した。「ロボットに頼るしかない。(ロボットを操作している)作業員の技能は確かだ。心臓外科手術並みの難作業に取り組んでいる」

 それを外科手術というなら、傷を負わせたのは外科医自身。油田を掘ったBPはロボットでの事故対応が難しいことも人間が直接対処できないないことも分かっていた。外科医が止血できないような「穴」を開けたら、医師免許を剥奪されて当然だろう。

石油会社に甘い現行法

 BPの失態から学んだ最大の教訓はこうだ──自分で塞げない穴は掘るな。人間が行けないほど深い油田を掘るならリリーフウェルを同時に掘る。リリーフウェルの掘削に金が掛かるというなら油田開発は諦めることだ。事故の後始末をロボットにさせたいなら、いま私たちが見ているものより高性能のROVを作るべきだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中