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ワールドカップに蹴り出された人々
大陸初のW杯開催の名の下に行われた都市部の強引な「再開発」。スラムさえ追われた貧困層は、さらに劣悪で見えない場所に隠されている
隔離されて トタン板の仮設住宅た建ち並ぶ通称「ブリキ缶の町」(5月3日) Per-Anders Pettersson/Getty Images
おこした火は消えかけている。見守るビクター・ガンビの目が悲しい。
ここは南アフリカ最大の都市ヨハネスブルク。改装されたエリスパーク・スタジアムの裏に隠れた空き地だ。このスタジアムは、6月11日から始まるサッカーのワールドカップ(W杯)会場の1つ。南アフリカ政府は、この世界最大のスポーツイベントで多くの国民が貧困から脱け出せるとうたってきた。
しかし日雇い労働者のガンビ(35)に言わせれば、状況は悪くなる一方だ。南アフリカが第19回W杯の開催地に決まると、程なくして彼らの暮らす競技場周辺地域にも「再開発」の波が押し寄せた。外国からの観戦客を受け入れる準備の一環だった。
彼が不法居住していた廃ビルは昨年後半に壊された。今は廃墟の一角に粗末な小屋を建てて暮らしている。地元民たちはこの場所を、自嘲気味に「バグダッド」と呼ぶ。不法占拠とはいえ10年以上も続けてきた廃ビルでの静かな暮らしを、彼らから奪ったのはW杯だ。
「私たちを隠したいんだ。ヨーロッパ人にここの住民を見せたくないから、ぼろ家を壊したんだ」とガンビは言う。大会が始まる頃には、彼らの小屋も強制撤去されているだろう。
市当局は、取り壊しは大会開催が理由ではないと言う。にもかかわらず、W杯のせいで家を奪われたという悲鳴が全国各地から聞こえてくる。
地元メディアは、警察がホームレスを集めて遠い場所に隔離していると非難し(警察は否定)、南部の都市ケープタウンの住民はスラム街から強制的に郊外の仮設住宅キャンプに移されたと訴えている。この訴えも、市当局は事実無根と否定。だが大掛かりなスポーツイベントの開催前に、昔ながらの住民が強制退去させられるのは、これが初めてではない。
88年のソウル五輪ではソウル市民の推定15%が再開発のために移住させられた。20年後の08年北京五輪では、100万人をはるかに超える住民の家が取り壊されたとされる。
下方修正された経済効果
国連の住宅に関する特別報告官ラクエル・ロルニクは、大規模イベントが及ぼす副作用に関する最近の報告で、ケープタウンなどでは外国人客の目を意識した市内「浄化」の過程で人権無視の行為が頻発していると指摘している。
W杯をアフリカ大陸で初開催するに当たり、南アフリカ当局は別な夢を描いていた。当初は同国に約2500万人いる貧困者の生活向上の機会として捉え、社会の底辺にいる人々の利益になるような開発計画を立てた。
以来、40億ドル以上がスタジアムの建設、空港や社会基盤の整備に投じられた。ところが最近になって、南アフリカ政府の閣僚たちは大会の経済効果を下方修正し始めた。大会が終われば最新鋭のスタジアムも役立たずの「箱物」になるだけだという声も出ている。
何しろ世界的な景気後退で、予想される外国人観客数が25%近くも減った(現在の推定では37万3000人)。またFIFA(国際サッカー連盟)の要請で、会場周辺の広大な地域が公式スポンサーのマクドナルドやコカ・コーラなどの独占販売区域に指定された。大会は1カ月続くので、露天商への打撃は大きい。
ジェイコブ・ズマ大統領は国民に、外国からの客人には国内の窮状を見せないよう求めてきた。しかし今や、強制立ち退きや生活苦に抗議するデモが各地の都市やスラム街で発生している。
住民の不満が最も顕著なのはケープタウンだろう。ロルニクの報告によると、ケープタウンから寄せられる不満の手紙は南アのどの都市よりも多いという。そうした訴えによると、強制退去させられた住民は市から16キロ以上も離れた「ブリキ缶の町」と呼ばれる仮設キャンプに移されている。