最新記事

4次元の「小さな木」を追い求めて

ニッポン大好き!

鉄ちゃんからキャラ弁、憲法9条まで
外国人の匠が語る日本文化の面白さ

2010.05.21

ニューストピックス

4次元の「小さな木」を追い求めて

マルコ・インベルニッチ(盆栽アーティスト)

2010年5月21日(金)12時07分
佐伯直美(東京)、マルコ・コチ(ミラノ)

 スリムな長身に長めの黒髪、サングラスに重ねづけしたシルバーのネックレス。一見すると、今どきなラテン系の遊び人といった風貌で、マルコ・インベルニッチ(32)は現れた。

 待ち合わせ場所は銀座のしゃれたイタリアンレストラン----ではなく、小さな盆栽店。着いて早々、インベルニッチは店先を見回すと、「これけっこう面白いよ」と言って、根が石にからまり、幹が力強くカーブした五葉松を指さした。「盛岡の近くにそっくりな場所がある。岩場ギリギリに松が生えていて、下のほうに低い木があって。厳しい自然に挑むような木の姿がたまらないね」

 ミラノを拠点とする盆栽家のインベルニッチにとって、盆栽はガーデニングの延長ではなく、あくまでもアートだ。「イタリアは昔から石の文化の国。石の建築や彫刻は一度作ったら何百年たっても変わらない」と彼は言う。その点、盆栽はアーティストの成長に応じて変わり、他者の手に渡った後もうまくすれば数百年でも進化し続ける。完成することのない芸術に、ミケランジェロやラファエロの世界にはない魅力を感じた。「彫刻のような立体に、時間という要素が加わった4次元のアートだ」

 16歳のとき初めて手にした盆栽も、いまだにミラノのスタジオで4次元を漂っている(クリスマスに母親からもらったガジュマルだ)。当時テレビで映画『ベスト・キッド3』を見たインベルニッチは、普通なら空手に夢中になるところを、なぜか空手の達人ミヤギが育てる盆栽に一目ぼれした。「心臓を撃ち抜かれたように、これこそ僕のアートだと感じた」

 以来17年間、彼は芸術への情熱と野心を「小さな木」に注いできた。ミラノのイタリア人盆栽家に師事した後、21歳で来日。インベルニッチが「世界一の親方」と呼ぶ著名な盆栽家、木村正彦の初の外国人弟子として4年間修業した。「器用で頭もいい。いちばん大事な感性もちゃんともっていた」と木村は語る。「外国から修業に来る者は心構えが違う。1日でも休めば損をするという感じです」

 帰国して7年たつ今も親方に学んだ技を忠実に守り、作風も基本は伝統的な日本スタイル。重要なのは目新しさではなく、「鉢植えの老成した木を通して、自分が自然をどうとらえているかを表現すること」だと考えている。

 しかし同時に、盆栽の未来を切り開く使命感も強い。07年に立ち上げたウェブサイトでは、自ら宇宙飛行士からフラメンコダンサーまで多彩なコスプレ姿で登場。肝心の盆栽がかすむほどポップな仕立てだが、その裏には「若者に盆栽を身近に感じてほしい」という思いもある(身近かどうかは別として、従来の盆栽家のイメージが吹き飛ぶのは確かだ)。

 講義やワークショップも、イスラエルから南アフリカまで世界各地で精力的に行う。最近日本で人気のミニ盆栽や苔玉も、最初の入り口としてはいいと寛容だ。

 ただし自分にとって理想の盆栽の条件は、「老成した木に見えること」と「自然の情景に基づいていること」。それもただの自然ではなく、厳しい環境で変形したり険しい山頂で懸命に枝を伸ばす木の姿が好きだ。

 インスピレーションを得るため、時間を見つけては珍しい木を探しに旅に出る。取材中、夏に訪れたマダガスカルの写真を見せてくれた。広い平地から天に伸びる手のようなバオバブの木。こんな盆栽は?「ありだと思う。自然に存在する木の情景だから。ただし、古い木に見えないとダメだけどね」

 そんな作品が世界で評価されたとき、盆栽は新たな進化を遂げるかもしれない。

[2008年10月15日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中