最新記事

中国に取り付く天安門の亡霊

ポスト胡錦濤の中国

建国60周年を迎えた13億国家
迫る「胡錦濤後」を読む

2009.09.29

ニューストピックス

中国に取り付く天安門の亡霊

天安門事件から20年、当局が真実を語らない限り中国をえぐった「傷」は癒やされない

2009年9月29日(火)12時59分
メリンダ・リウ(北京支局長)

 空気を切り裂く銃弾の音、負傷者の悲鳴、拡声器が大音量で流す当局のプロパガンダ......。1989年6月4日の天安門事件から20年が経過した今も、私は当時の恐ろしい出来事を誰かに話さずにはいられない。まるで天安門広場の敷石に染み込んだ血をすする吸血鬼になったような気分だ。

 私は過去にこだわり過ぎて、中国のダイナミックな変化から目を背けているのかもしれない。確かに人民解放軍が自国の人民に向けて発砲したあの日から、中国は絶え間ない変身を繰り返してきた。

 それを考えれば、忘れようにも忘れられない強烈な事件のイメージを利用して、6月4日の出来事を「語り過ぎる」のは慎むべきだろう。だが今の中国の巨大な経済力に目を奪われ、事件のことを「語らな過ぎる」のも正しい態度ではないと思う。

 天安門の亡霊は今も中国の政治に取りついている。20年前に悲劇を現場で目撃した外国人ジャーナリストの多くにとっても同様だ。あれ以来、私たちが書いた中国の記事はほぼ例外なく天安門事件の影響を受けている。

 私は当時、学生たちの抗議行動と当局の弾圧を取材する本誌の記者とカメラマンのリーダー役だった。北京支局長としてこの国に戻ってきたのは10年前。事件から10年たったあのときも中国は大きく様変わりしていたが、その後の変化にも目を見張るものがある。

 それでも先週、北京を訪れたアメリカのティモシー・ガイトナー財務長官が中国の金融関係者に米国債の安全性をアピールする姿を見ながら、私は89年5月のある朝の光景を思い出していた。

 夜明けとともに、天安門広場の外れに立つ1930年代風の中国銀行ビルに巨大な白い横断幕が掲げられた。そこに書かれていた文句は、「汚職役人の金庫役はもうやめろ」だった。

 汚職と腐敗に対する怒りは、あのときデモ隊を天安門広場に向かわせた要因の1つだった。もし20年前、人々が抗議の声を上げなかったら、現在の中国はさらにひどい汚職天国になっていただろう。

 今の中国政府当局者は、8%以上の経済成長を維持しなければならないと力説する。さもないと大学を出ても仕事に就けない新卒者が増え過ぎて、社会不安の原因になりかねない、と。

 私はそんな発言を聞きながら、天安門広場で色とりどりの横断幕やポスターを掲げていた学生たちのことを思った。あのとき目にしたスローガンの1つはこうだ。「食べ物が欲しい。でも、民主のためなら死んでもいい」

 20年前のあの日に匹敵する大規模な抗議行動は、今の中国では起きていないかもしれない。だが欧米の人間は、それを理由に人々の自由への欲求の強さを過小評価しているような気がする。

議論の封殺は逆効果に

 事件から20回目の6月4日が近づくと、中国では多くのブログが閉鎖され、YouTubeのような欧米のウェブサイトへのアクセスは遮断され、天安門広場を撮影しようとする欧米のTVクルーは官憲の嫌がらせを受けた。

 私はそのとき、20年前の5月に同じ広場を行進していた中国人ジャーナリストの一団を思い浮かべた。国営新華社通信の記者を含むジャーナリストのデモ隊は、「われわれは真実を伝えたい」と叫んでいた。

 天安門の虐殺をめぐる真実は、まだ日の目を見ていない。それも事件を語り続けることが必要な理由の1つだ。最近は欧米化した若い中国人が、事件について語る外国人に時々文句をつけてくる。「(テロ容疑者への拷問が問題になったキューバにある米軍基地内の収容施設)グアンタナモ収容所を見ろ。それでもアメリカ式民主主義は中国の制度より優れていると説教するのか」と、彼らは言う。

 もっともな批判だ。しかし、なぜ中国当局は20年前の事件の真実を語り、天安門の亡霊を追い払ってしまわないのか。私は先日、故趙紫陽総書記の秘書だったパオ・トンに電話で話を聞いた。パオは民主化運動に同情的だとして89年に逮捕・投獄された人物で、事件について歯に衣着せぬ発言を続けている。

 「この問題は決して治癒しない傷口だ。当局が事件の議論を封殺すればするほど、化膿がひどくなる」と、パオは言った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 7
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中