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2009.09.16

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やっと見つけた夢の列車天国

パノラマ特急、海底トンネル、途中下車――イギリス人鉄道ファンが教えるとっておきのルートと楽しみ方

2009年9月16日(水)11時00分
佐伯直美(本誌記者)

歴史の輝き 妻籠は古い町並み保存に取り組むパイオニアだ

 運転席の後ろから、どこまでも伸びる線路をのぞきたい――男の子なら誰もがいだく願望だろう。イギリス人のアントニー・ロビンズが、そんな少年のころの夢をかなえたのは日本に来てからだった。

 「ファッファァーーーー」

 汽笛を大きく鳴らして、ワイドビューしなのは優雅に走っていく。イタリアの高速列車ペンドリーノが使う振り子機構を導入しているので、昔は気分が悪くなる人もいたという急なカーブの連続も気にならない。

 名古屋―長野間を走るこの特急の展望グリーン車が、ロビンズの特等席。運転席がガラス張りなので、最前列に座ると渓谷もトンネルも3次元で迫ってくる。きちんと帽子をかぶった運転手は、右指で空を指して1人で何かを確認している。

「パノラマカーはイギリスではありえない経験だ」と、ロビンズは言う。「イギリスでは運転手のプライバシーの問題もあって、運転席は外から見えない。それに新しく導入された高速列車は事故などにそなえて、運転席のすぐ後ろには座席さえ作れない」

 パノラマカーは、いわば日本の鉄道の自信の象徴だ。04年の新潟中越地震で脱線するまで無事故だった「新幹線神話」は、外国でも有名だ。最も危険なのは運転手だが、ロビンズは前を指してこう言う。「彼は自信たっぷりに見えるよ」

旅を楽しむなら新幹線より特急

 愛知県豊田市に住むロビンズは、世界各国に300人近い会員をもつ「英国日本鉄道友の会」のメンバー。大学教授として働くかたわら、日本各地の鉄道を巡り歩いてきた。「幼いころから鉄道が大好きだった。日本の鉄道は他の国よりバラエティーがずっと豊か。新幹線から蒸気機関車まで幅広い」

 なかでも、お気に入りの路線の一つが中央本線。名古屋から松本へ北上し、諏訪や甲府を通って新宿へ向かうルートだ。ワイドビューしなの、あずさ、かいじなど特急の種類が豊富だし、メジャーな観光地とは違う見どころも多い。

 英語圏では「ブレット・トレイン(弾丸列車)」と呼ばれる新幹線が、日本の列車の代名詞。でも、旅を楽しむなら特急のほうが断然いいと、ロビンズは言う。

「新幹線の座席は飛行機に似ている。効率的な構造だが、知らない人に話しかけるような空間じゃない。特急は新幹線よりくつろげるし、速すぎないから景色や車内の雰囲気を楽しむ余裕もある」

 取材当日の朝、記者がロビンズと落ち合ったのは名古屋駅の駅弁売り場。しかしロビンズは、色とりどりの駅弁には目もくれず、ワイドビューしなの7号が待つホームへ向かった。

「駅弁は冷えたご飯が苦手。やむを得ないときは買うけど、なるべく降りた場所で食事する」と、ロビンズは言う。「イギリスでは今も食堂車が多く、朝の通勤客に人気が高い。コーヒーやトーストを食べながら世間話をするにぎやかな空間だ」

 「ファッファァーーーー」

 トンネルを抜けるたび、木曽路の山々が美しく迫ってくる。ここでロビンズは、意外な説明を始めた。「山が多い日本や南アフリカは、車輪のゲージが1067ミリと狭いんだ。当時はそのほうが安上がりだったから」

 名古屋から約1時間。沿線には馬籠や奈良井など、中山道の宿場町として栄えた町が増えてくる。

 なかでもロビンズが「セカンドハウスをもてるならこの町がいい」というのが、南木曽駅からタクシーで5分ほどの妻籠だ。古い街並み保存に取り組んだパイオニアで、表通りからはアンテナや電柱は見えないし、日中は車も入れない。「ヨーロッパでは古い景観を守る町が多いけど、日本ではまだ珍しい」と、ロビンズは言う。

 もちろんアスファルトの道路はあるし、ゲイシャハウスのような家屋の玄関にはセコムの大きなシールが張ってある。それでも妻籠はいい折り合いのつけ方をしていると、ロビンズは考えている。

 高い空の下に浮かび上がる家の屋根には、前日降った雪がこんもり積もっている。少しはずれに行くと、靴の下でつぶれる氷の音しか聞こえない。こり、こり。道沿いの建物の2階に、かつて中山道で使われた豪華なかごが飾られていた。「昔のグリーン車だね。とんでもなく狭そうだけど」

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