コラム

「路上でアクロバット芸」「不妊の体に」......中国五輪金メダル至上主義の数えきれない犠牲者たち

2024年08月22日(木)16時34分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国

©2024 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<五輪の金メダルのため政府がいかなる代価も惜しまないのは、「共産党政権こそ中国を救える」という物語を証明するから。ただ、「いかなる代価」の「代価」は、政府が挙国体制によって調達しているカネではなく、実は選手そのものだ>

政府によって人材と資源を組織的に集中させ、挙国体制で体育強国を目指す中国。だが、今年のパリ五輪でメダル総数は2 位、金メダルの数も40個とアメリカに勝つことができなかった。

「外国人は私たち中国人のことを『東亜病夫(東アジアの病人)』と呼んでいる」──中国人の誰もが子供の頃から、この屈辱的な記憶を心に刻まれる。差別された被害者の記憶を喚起することも大事な愛国教育の一環だ。選手を含め、そんな教育を受けた中国人が皆、オリンピックなど世界レベルのスポーツ試合を中国の恨みを晴らす舞台と思うのも当たり前だろう。

今回のパリ五輪競泳男子100メートル自由形決勝で、世界新記録を達成して金メダルを獲得した潘展楽(パン・チャンロー、風刺画中央)のインタビューを見るとよく分かる。潘は自分が欧米の選手に「無視され」「彼らがわれわれを見下しているように感じ」そして「私は彼ら全員に勝った」と語気を強めた。

選手がそうなら応援する国民はなおさらだ。金メダルのため政府がいかなる代価も惜しまないのは、それが単に「中国人が立ち上がった」ことだけでなく、「共産党政権こそ中国を救える」という物語を証明するからだ。

ただ、「いかなる代価」の「代価」は、政府が挙国体制によって調達しているカネではなく、実は選手そのものだ。

例えば、体操の世界王者だった張尚武(チャン・シャンウー)。1983年生まれの張は5歳から親元を離れて体操選手を目指し、12歳で国家体操チームに入り、2001年の北京ユニバーシアード大会で金メダルを2 個獲得した。しかし過酷な練習で両足のアキレス腱を断裂し、五輪に無縁のまま引退した。毎日練習ばかりで実質的に中卒の学歴しか持っていなかった張は、北京の路上でアクロバット芸を披露して生計を立てた。

元全国チャンピオンの重量挙げ女子選手の鄒春蘭(ツォウ・チュンラン)は引退まで毎日、メタンジエノンという筋肉増強剤を飲まされた。薬物を飲み続けた鄒はひげが生えて男のような声になり、不妊の体になった。

張と鄒は中国メディアに取り上げられ、社会的に注目されただけましだ。数え切れない無名の「代価」たちはどうなっているのだろう。中国の金メダルは世界一重い。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インドネシア、3年半ぶり利下げ FRBに先駆け予想

ビジネス

英CPI、8月前年比+2.2%で横ばい サービス価

ワールド

米政府、ベトナムの海底ケーブル敷設で中国企業の排除

ビジネス

景気判断据え置き、倒産は「増勢鈍化」に上方修正=9
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    北朝鮮で10代少女が逮捕、見せしめに...視聴した「禁断の韓国ドラマ」とは?
  • 2
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢な処刑」、少女が生き延びるのは極めて難しい
  • 3
    エリザベス女王とフィリップ殿下の銅像が完成...「誰だこれは」「撤去しろ」と批判殺到してしまう
  • 4
    地震の恩恵? 「地震が金塊を作っているかもしれない…
  • 5
    キャサリン妃とメーガン妃の「ケープ」対決...最も優…
  • 6
    浮橋に集ったロシア兵「多数を一蹴」の瞬間...HIMARS…
  • 7
    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…
  • 8
    原作の「改変」が見事に成功したドラマ『SHOGUN 将軍…
  • 9
    バルト三国で、急速に強まるロシアの「侵攻」への警…
  • 10
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 3
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢な処刑」、少女が生き延びるのは極めて難しい
  • 4
    キャサリン妃とメーガン妃の「ケープ」対決...最も優…
  • 5
    【クイズ】自殺率が最も高い国は?
  • 6
    北朝鮮で10代少女が逮捕、見せしめに...視聴した「禁…
  • 7
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 8
    アメリカの住宅がどんどん小さくなる謎
  • 9
    エリザベス女王とフィリップ殿下の銅像が完成...「誰…
  • 10
    キャサリン妃、化学療法終了も「まだ完全復帰はない…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 4
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 5
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 6
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 7
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 8
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 9
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 10
    止まらない爆発、巨大な煙...ウクライナの「すさまじ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story