コラム

大学「替え玉入学」で人生を盗まれた中国下層階級の悲劇

2020年07月16日(木)19時15分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

A Stolen Life / (c)2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<「特権社会」の中国で庶民が運命を変える唯一の機会であり、最も平等・公平な競争と考えられていた全国統一大学入試でまさかの不正>

香港国家安全維持法が世界で最も注目されていた7月初め、中国国内で最も関心を集めていたのは山東省の替え玉入学事件だ。

2004年、山東省冠県の女子高校生・陳春秀(チェン・チュンシウ)は大学入学試験を受けた。貧しい農家出身で、家には電話もない。だが、勤勉な彼女は成績優秀で、大学に合格して運命を変えると信じ、家族みんなの期待も集めていた。

しかし大学受験は失敗。それから16年間、彼女はずっと自分の勉強不足を責めてきた。貧しさのため勉強を続ける費用がなく、あちこちで出稼ぎを続けた。36歳を過ぎ、現在は幼稚園の教師をしている彼女は最近、社会人向けの大学通信教育を受けようと、ネットで入学申し込みをした。すると、何と自分が既に16年前に現役で山東理工大学に合格し、大学生活を過ごして卒業していたことを知った。自分は大学に落ちたのではなく、誰かが代わりに「替え玉入学」していたのだ。

この事件を伝える記事は中国全土を仰天させた。「特権社会」の中国で庶民が運命を変える唯一の機会は「高考」と呼ばれる全国統一大学入試。以前カンニングや替え玉受験が横行したが、政府が厳しい対策を取り、この国で最も平等・公平な競争は高考よりほかにないと、誰も疑うことはなかったからだ。

その後調査が進み、広東省の南方都市報は2018~19年の2年間だけでも山東省で替え玉入学事件が242件あり、全国的にはこれも氷山の一角だろうと報じた。替え玉を成功させるためには、学校の在籍証明書や戸籍など身分を証明できる公的機関発行の文書が不可欠。陳春秀の場合も、合格通知書や在学証明書が誰かに勝手に持ち出され、ニセ陳春秀に使われていた。地方政府や教育機関に汚職が広がり、巨大な利権構造になっているのは明白だ。

ただし、彼女のようなカネも後ろ盾もない農家の娘の運命は、たとえ大学に入学できたとしてもそれほど変わらない。ニセ陳春秀は、地元の小さな役所の公務員になっていた。替え玉入学は中国社会の下層階級のゲームでしかない、本当の特権階級なら替え玉など使わず、直接世界一流の大学に留学したのではないか──と、ある中国人ジャーナリストは言った。

【ポイント】
高考 正式名称は「普通高等学校招生全国統一考試」。通称・高考(ガオカオ)。例年6月初めに行われるが、今年は新型コロナウイルスの影響で7月初めに実施。1071万人が受験した。

ニセ陳春秀 本名は陳艶萍(チェン・イエンピン)。陳春秀と同じ試験を受けたが成績が悪く、父がブローカーに2000元(3万円)を払って替え玉入学。その後停職処分になり、学籍も取り消された。

<本誌2020年7月21日号掲載>

20200721issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年7月21日号(7月14日発売)は「台湾の力量」特集。コロナ対策で世界を驚かせ、中国の圧力に孤軍奮闘。外交・ITで存在感を増す台湾の実力と展望は? PLUS デジタル担当大臣オードリー・タンの真価。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザでの戦争犯罪

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、予

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッカーファンに...フセイン皇太子がインスタで披露
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 5
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 6
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story