コラム

鳥も酒もアイドルドラマも禁止 中国「権力に尽くす」式典の虚しさ

2019年10月07日(月)19時40分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

Kowtowing to Power / (c)2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<「1000年前の皇帝さえ民衆と一緒に楽しさを分かち合ったのに」と、SNSに不満があふれた。こんなにも厳しかった、建国70周年式典のための規制の数々>

今年の10月1日は、中華人民共和国成立70周年の記念日。過去最大規模となる軍事パレードが北京・天安門前で行われ、夜のコンサートや花火大会には約6万人が参加した。

厳粛なお祝いムードを強調するため、8月ごろから娯楽性の強い時代劇やアイドルドラマは一切禁止。建国70周年の成果を賛美する86の指定番組を放送せよ──という通知が国家ラジオテレビ総局から全国各地のテレビ局に出された。

過去最も盛大な軍事パレードを無事成功させるため、9月に入って3回もパレードの予行演習が行われた。そのたび北京市内の各所に厳戒態勢が敷かれ、緊張した空気が漂う。会場の天安門広場とメインストリートの長安街は厳しく交通規制され、路線バスも運休。地下鉄駅の入り口は閉ざされ、タクシーもつかまらないので、会社に遅刻する人や帰宅困難者が続出した。

北京への郵便物もX線検査の対象になった。市内の食品市場は閉鎖され、ドローンだけでなく普通の鳥を放つことも禁止。パレードの沿道付近ではホテルの予約ができず、長安街に面したマンションの窓も全て封印され、住民はパレード中の窓の開閉や出入りを禁じられた。自分のマンションに帰宅したときも、いちいち身分証明書の提示を求められる。天安門広場近くの公衆トイレの使用は実名登録制になった。

北京だけでなく、各地方政府も同じように張りつめ、奇抜な指令が出されていた。北京から遠く離れた陝西省では、「戦時禁酒令」が発令された。理由は「建国70周年の治安維持攻略戦に勝つため」だという。 

厳し過ぎる規制に対して、中国のSNS上には不満の声が上がった。「1000年前の皇帝さえ民衆と一緒に楽しさを分かち合う『与民同楽』の道理を分かっていたのに、なぜ共産党幹部は分からないのか。最高指導者の機嫌を取るために、娯楽番組もお酒も禁止する。一体『人民のために尽くす(為人民服務)』なのか? それとも『権力のために尽くす』なのか」 

この不満の声はすぐにSNSから削除された。中国のSNS上には、建国70周年を盛大に祝い、愛国心を表すスローガンと五星紅旗しか残されていない。

【ポイント】

与民同楽
中国・戦国時代の儒学者であり、性善説で知られる孟子の言葉。王に対して「国民と王が喜びと悲しみを分かち合い、心を一つにすれば国家に敵はない」と説いた。

為人民服務
「人民に奉仕する」とも。1944年の毛沢東の演説から生まれたスローガン。文化大革命期に大々的に宣伝された。共産党本部のある北京・中南海の入り口に大書されている。

<本誌2019年10月15日号掲載>

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※10月15日号(10月8日発売)は、「嫌韓の心理学」特集。日本で「嫌韓(けんかん)」がよりありふれた光景になりつつあるが、なぜ、いつから、どんな人が韓国を嫌いになったのか? 「韓国ヘイト」を叫ぶ人たちの心の中を、社会心理学とメディア空間の両面から解き明かそうと試みました。執筆:荻上チキ・高 史明/石戸 諭/古谷経衡

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

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