コラム

行き過ぎた「食の安全」志向から、もっとゆるい食文化へ

2016年01月27日(水)12時35分

 そもそもリスクはゼロにする必要はなく、リスクを減らすことによって得られるベネフィット(利便)と、それにかかるコスト(費用)という三つのバランスで判断しなければならない問題である。このバランスを考えずにすべてのリスクをゼロにしようとすると、社会として膨大に無駄なコストがかかってしまう。これは「食」に限らず、原発問題や環境問題などさまざまな分野に広がっている病弊だが、最大の困難は、ゼロリスクの主張には反論しにくいということだ。異物混入に「騒ぎすぎ」と言えば、必ずだれかが「じゃあ食べてみろよ」「食べた人の気持ちが分かるのか」と混ぜっ返す。野菜は必ずしもオーガニックである必要はないと言うと、「農薬や化学肥料が絶対に安全だと言えるんですか」と反論する。

食をもっとゆるく捉える

 こういう反論に異を唱えるのはむずかしく、さらにゼロリスク的な空気の圧力も加えられ、わたしたちはますますゼロリスクに追いやられていく。先ほども書いたように、育児中のお母さんたちにはその圧力が特に強く働いているように思える。子供のためにちゃんと料理をつくらなければならない、無農薬有機野菜でなければ、異物混入なんてとんでもない、コンビニ弁当じゃ母親の義務を果たせてない、でも仕事が忙しすぎて料理をする暇がない......。

 これは非常に困難な状況に思えるが、私はこういう状況からの出発が、新しい食の文化を生み出すのではないかと最近考えている。最近、食をもっとゆるく捉えようと考える人たちがわたしの周囲ではたくさん現れてきている。無農薬有機の原理主義というわけでもなく、高級食材や美食でもなく、かといってコンビニ弁当やスーパーのお総菜ではない。もちろん時には、コンビニで食品を買うことだってあるし、ときには美食することもある。できればオーガニックな自然栽培の野菜を中心にしたいけれど、それにキツキツにとらわれているわけではない。

 とりあえず手近に手に入る食材をつかって、凝った料理はせず、それほど手をかけずに簡単に調理する。「鍋の素」のような半調理品はあまり使わない。米国では最近、クリーン・イーティングということばを使う人もいる。精製された食材はなるべく使わず、素材の味を重視してシンプルに料理するようなスタイルを指しているようだが、この流れは日本でも起きている。

 もちろん食の安心・安全は大切だ。しかしだからといって手間ひまはかけずに、ごくふつうの日常生活のなかで保っていけるような、シンプルでクリーンな食生活がいま求められている。そしてここには、従来の食品業界があまり気づいていなかった大きなマーケットが実は存在している。

プロフィール

佐々木俊尚

フリージャーナリスト。1961年兵庫県生まれ、毎日新聞社で事件記者を務めた後、月刊アスキー編集部を経てフリーに。ITと社会の相互作用と変容をテーマに執筆・講演活動を展開。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『当事者の時代』(光文社新書)、『21世紀の自由論』(NHK出版新書)など多数。

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