コラム

ロシアが拡大NATOを恐れない理由

2022年05月31日(火)17時23分

ロシアを盟主とする陣営と NATO陣営がヨーロッパを 舞台に覇を競う時代に MIKHAIL METZELーSPUTNIKーPOOLーREUTERS

<スウェーデンとフィンランドの加盟申請でロシア世論は「西側悪玉論」に飛び付き、軍は反転攻勢の構えを見せ始めている>

私が住んでいたモスクワの集合住宅には、住民同士の交流を図るSNS「テレグラム」のチャットグループがある。参加者は国際感覚に秀でた数百人の若い専門家たちだ。(編集部注:筆者はロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授として招聘されていたが、ウクライナ戦争勃発後に帰国した)

チャットグループの参加者は、当局の規制を擦り抜ける VPN(仮想私設網)サービスや外国発のニュースソースにアクセスできる。ロシアと西側での在住期間が同じくらい長い参加者も多い。

ほぼ全員が修士号を持ち、高級外車の送迎で都心の職場に通っている。それでもロシアのウクライナ侵攻開始から間もなく3カ月の時点で、戦争に関する話題はすっかり目立たなくなった。

各種世論調査の結果を総合すると、戦争に対する支持はモスクワ在住者と30歳未満、VPN利用者の間で目立って低い。チャットグループの参加者たちは戦争について語る言葉を失ったのだろうと、私は思った。

彼らはほぼ戦争反対派なので、住所と電話番号が登録済みのテレグラムでそれを公言すれば、反対意見の圧殺に血眼の当局から何らかの罰や規制を受けるのはほぼ確実だ。だが最近、ロシア経済と通貨ルーブルが外国メディアの主張よりもずっとよく持ちこたえていると感嘆するメッセージが、チャットグループに散見されるようになった。

私のロシア人の妻はジムやヨガのトレーナーに毎週数回、予約を入れている。彼らは戦争に抗議するためか、アルメニアやトルコに引っ越してしまったので、トレーニングはテレビ会議システムのズーム(Zoom)で行われるようになった。

だが今では、トレーナーたちは全員モスクワに戻っている。携帯電話のSIMカードの分析で得られたデータによると、ウクライナ侵攻直後に国外に脱出したロシア人の80%が、現在では帰国しているそうだ。

スウェーデンとフィンランドにおいてNATO加盟の支持率が5割を超えるなど、ウラジーミル・プーチン大統領のウクライナ侵攻はこれまで軍事的に中立だった国に驚くべき世論形成をもたらしている。

しかし、長期的に見ればこれはプーチンにとっての勝利になり得る。

例えばトルコは既にこの2カ国の加盟を拒むと声高に主張している。多くの専門家はレジェップ・タイップ・エルドアン大統領がいずれ翻意すると考えているだろうが、NATOにおけるいかなる亀裂もプーチンにとっては心地のいい音色だ。

ウクライナで予期せぬ抵抗を受け続けていることやイギリスがスウェーデンとフィンランドとの安全保障を強化すると表明していることからも、プーチンがNATO加盟前の2カ国を攻撃するとは考えにくい。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マネタリーベース、2月は前年比1.8%減 年金払い

ワールド

EUデジタルサービス法、米国の言論の自由と相いれず

ビジネス

香港市場で21年以来最大の新株発行、中国BYDが5

ビジネス

アマゾンAWS、インドに今後数年で82億ドル投資へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 6
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 7
    バンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に…
  • 8
    米ウクライナ首脳会談「決裂」...米国内の反応 「ト…
  • 9
    世界最低の韓国の出生率が、過去9年間で初めて「上昇…
  • 10
    生地越しにバストトップがあらわ、股間に銃...マドン…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 8
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 9
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 10
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story