アラブ世界とBLM運動:内なる差別を反差別の連帯に変えられるか
アフリカ系に限ったことではないが、アラブ諸国では移民労働者一般に対して「カファーラ制度」が適用されるケースが多く、その制度では就労には雇用主の同意が絶対的に必要で、転職や雇用主に対する異議申し立てができない。雇用主が生殺与奪の権利を握っているようなものだ。2018年カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞したレバノン映画『存在のない子供たち』には、レバノンのエチオピア移民の悲惨な境遇が鋭く描かれている。
また、先住民でありマイノリティであるアフリカ系住民への差別という問題がある。これには北アフリカのアマーズィーグ(ベルベル)人が代表的な例だろう。モロッコからチュニジアまで、マグレブ諸国全域にわたり居住し、全体で1500万人近く存在するとされるアマーズィーグ人は、アラブ・ナショナリズム全盛時代、そしてそれを引き継ぐ歴代政権のもとで、「非アラブ」としてその文化的民族的権利を認められてこなかった。憲法で「国家のアラブ性」が強調されたり、アラブ名以外の名づけが禁止されたりして、非アラブ・マイノリティは劣位に置かれてきたのである。
ペルシア湾岸のアラブ諸国にも多くのアフリカ系マイノリティが住む。1960年代まで「奴隷制」が続いてきた湾岸首長諸国には多くの「元奴隷」の子孫がおり、たとえばサウディアラビアの人口の一割がアフリカ系だという米民間研究機関の報告もある。イラクに目を転じるとさらに歴史が遡り、8世紀後半に東アフリカやナイル上流域からやってきた者たちの子孫が、現在も南部のバスラ周辺に40万人近く住んでいる(当事者団体は人口150万と主張している)。そもそも、今のイラクに首都を置いていたアッバース朝では、9世紀後半にイラク南部のザンジュと呼ばれるアフリカ系奴隷による反乱が相次いたが、彼らはその子孫だと考えられている。
これらの中東のアフリカ系マイノリティは、いずれの国でも辺境化され、存在自体光を当てられぬままに放置されてきた。だが、近年、マイノリティとしての自覚を強め、権利要求を強めている。その契機のひとつが、「アラブの春」だ。「アラブの春」でベンアリー政権を辞任に追いやったチュニジアでは、2011年、チュニジア・アマーズィーク文化協会が設立された。その後同協会は、アマーズィーグによるものとしては初めての政党に発展し、「アラブ・ムスリム」性を強調したチュニジア憲法の改正を要求した。こうした動きは、アルジェリアやモロッコでのアマーズィーグの運動にも影響を与え、モロッコでは2011年に改正された憲法でタマーズィグト語(アマーズィーグ人の言語)を公用語として認めることが明記された。2016年からは、アルジェリアでも同様の公用語化要求運動が始まっている。
アラブ社会にも差別が存在する矛盾
面白いのは、アメリカでオバマ政権が成立したことが、イラクのアフリカ系住民の権利要求運動に影響を与えたことだ。バスラのアフリカ系イラク人は2007年に「イラク自由運動」という政治組織を結成したが、オバマ大統領の登場で権利意識を高めたといわれている。その指導者ジャラール・ズィヤーブはアメリカの公民権運動に影響を受け、マルティン・ルーサー・キングとオバマ大統領の写真を掲げていたらしい。2013年の地方議会選挙には同運動から立候補者を擁立したが、全員落選した。その直後に、ズィヤーブは何者かによって暗殺されている。
国際社会のなかで、欧米による「差別」を糾弾し続けてきた「被害者」としてのアラブ人。その一方で、アラブ社会のなかにマイノリティ、「黒人」への「差別」が存在する。その矛盾をどう乗り越えることができるか。差別の克服という一点で、両者が本当に「連帯」することは、可能なのだろうか。アラブ社会が「内なる差別」をいかに克服できるのか、という課題は、国連開発計画の「アラブ人間開発報告」がアラブ社会における女性の地位向上の必要性についてしばしば指摘してきた問題にもつながる。
そのような課題を抱えながらも、アメリカ国内ではアラブ系、ムスリム系を含めた人種差別に反対する連帯を訴える流れが生まれつつあることは、確かだ。「黒人の命を護るアラブ(Arabs for Black Lives)」の結成がそれである。またレバノンの活動家のなかには、カファーラ制度の廃止を求める運動に身を投じる者もいる。前述したレバノン映画「存在のない子供たち」が国際的に注目を浴びたとき、レバノン国内では、「なぜ自国の暗部を暴露しなければならないのだ」という批判があったという。
真のグローバルな「反差別」運動としてBLM運動が中東に定着するか、それとも従来同様に「自国の差別を棚に上げて欧米の差別だけを問題視する」か。昨年から再燃したアラブ各地での市民運動が、果たしてこの矛盾をどう克服するか。
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