コラム

カタール孤立化は宗派対立ではなく思想対立

2017年06月23日(金)16時40分

それが今回、封鎖を受けているカタールにイランが食料などの援助を始めている。孤立化が、宗派も違うカタールをイランに近づかせる結果になったといえよう。同じくカタールに援助を始めたのが、トルコだ。食料もそうだが、6月19日にはトルコ軍が合同演習のためにカタールに派遣された。

このカタール-イラン-トルコのつながりは何か。カタールがサウディなどから徹底的に嫌われた原因が、そこにある。カタールは過去四半世紀、ムスリム同胞団系の運動を支援してきた。トルコの現政権党もまた、同胞団に近い思想を背景に持つ。反対にサウディアラビアでは、80年代にムスリム同胞団が影響力を強めるなど、その挑戦に悩まされてきた。エジプトでは「アラブの春」のあと同胞団政権が成立し、それをクーデタで倒して今のスィースィー政権が生れた。両国とも、同胞団を目の敵にするだけの政治的背景を持つ。

だとすれば、シーア派のイランはどうつながってくるのか。今でこそ宗派的差異が対立の原因とみなされがちだが、イラン革命後のイランのイスラーム主義は、シーア派、スンナ派の区別なく、多くのイスラーム政治思想に影響を与えた。イラン革命が発生したとき、イランのイスラーム政権を評価するスンナ派イスラーム主義者もいた。シーア派イスラーム主義の大元であるイラクのダアワ党が結党される前は、シーア派イスラーム主義者はムスリム同胞団かイスラーム解放党に加入していた。最近でも、イラクのシーア派イスラーム主義者のサドル潮流は、しばしばスンナ派の同胞団系の反米運動に共闘を呼び掛けている。

【参考記事】岐路に立つカタールの「二股外交」

そう考えれば、今の対立軸は宗派ではなく、イスラーム主義を支援するかそうでないかということになろう。そして反イスラーム主義の側はいずれも、保守的権威主義体制である。「イスラーム主義側=カタール、トルコ、イラン=現状打破・革新派」対「反イスラーム主義側=サウディ、UAE、エジプト=非民主的強権派」の構造が浮き彫りになる。

だが往々にして、保守的権威主義体制からは、若い世代の支持を集める若きリーダーが出現する。新たにサウディの皇太子に就任したMbSは、この8月にようやく32歳になろうという若者だ。老権力者たちをかき分けて権力のトップに躍り出る姿は、体制の強権性への不満よりも「チェンジ」への期待感の大きさを感じさせる。

そういえば、イラク戦争で米軍に打倒されたサッダーム・フセインが、父と慕うバクル大統領に次いでナンバー2にのし上がったのも、同じ32歳の時だった。その時も、クーデタ続きの政争に辟易していた青年層の夢を背負い、また欧米諸国からも「プラグマティック志向の若いリーダー」と期待された。

老朽化した政治体制に不満を抱き、社会が何らかの風穴を求めるとき、思想的革新性を求めるか、画期的な統率力を発揮しそうなニューリーダーに期待するか。しかしムスリム同胞団に代表されるイスラーム主義の「思想的革新性」も、もはや老朽化しているのかもしれない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

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