コラム

自動車の型式指定申請での不正、海外に誤解を広めるな

2024年06月05日(水)15時00分

また、自動車は一歩間違えば人の命に関わる乗り物です。乗員を守らなくてはならないだけではなくて、凶器にもなるからです。ですから、どんなに形式主義であっても法令遵守が大事という考え方が成り立ちます。その一方で、安全を至上とするのであれば、世界より甘い基準を手直しせず、より厳しい基準でのデータは違法とする役所の姿勢には疑問が残るという立場もあるでしょう。

いずれにしても、今回の事件、あるいは官民の対立というのは純粋に日本国内の問題です。様々な意見があって良いですが、とにかく販売された車両の安全性には問題はないということでは、メーカーも官庁も合意しているのですから、その点について不安を拡大する必要はないと思います。


問題なのは、この事件が「世界でも日本車の信頼を損ねている」とか、「各国でも報道」という流れです。確かに日本での法令違反があったのは事実です。ですが、問題の本質を考えるのであれば、厳しい欧州での基準はクリアしています。事前検査の代わりに厳しい消費者保護行政のあるアメリカでも、対象車種に関して大きな問題は起きていません。

過剰にセンセーショナルな報道

それにもかかわらず、例えば東京発のある外電では、「大規模な不正」とか「幅広いテストの不正」というかなり激しい言葉で報道されています。少なくとも、内容を精査して「50度でいいのにより厳しい65度で衝突させた」とか「ずっと重い台車で試験した」「確実にエアバッグを発火させて保護性能を検査した」「左右入れ替えても同じ条件の場合に入れ替えて衝突検査をした」というようなことを理解していたら、このような報道にはならないはずです。

また、過去の日本の自動車業界の歴史を知っていたら、「官民共同で世界を制覇したはずの日本の自動車業界で、官民が深刻な対立に至った不思議」というような切り口で説明することもできたでしょう。そのように書けば、今回の事件は純粋に日本ローカルの問題ということは誤解なく伝わるでしょう。

ですが、「大規模な不正」「幅広いテストの不正」と英語で発信すると、場合によってはグローバルなブランドイメージに関する大きな誤解を生みます。同記事では、後段で「この問題はトヨタの海外での生産分に関しては何の影響もない」と断ってはいますが、多くの読者は読み間違える危険があると思います。

こうした内容の記事を、豊田章男会長の写真とともに、センセーショナルに仕立てて配信することは問題が大きいと感じます。

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story