コラム

事実認識が欠落したまま過熱するアメリカの移民論議

2024年02月28日(水)15時45分

反対に、ここへ来ての難民申請者はベネズエラ人が圧倒的です。ベネズエラは、独裁者のウゴ・チャベス大統領が2013年に死去して以来、政権が安定せず、これに原油価格の下落が重なることで経済と治安が崩壊してしまいました。そのために、国を捨てる人が多く、現在、アメリカの南部国境に殺到しているのはこのグループです。

南北アメリカの中で最も反米的に振る舞っているベネズエラに対して、アメリカは経済制裁を続けています。ということは、その国を逃れて難民化している人は、アメリカとしては見捨てるわけには行きません。ベネズエラへの非難は、民主党政権だけでなく、トランプ政権も激しくやっていましたから、責任逃れはできないはずです。反対に、どうしてもベネズエラからの難民流入を減らしたいのであれば、経済制裁を緩和するなど現政権と和解する手段を検討する必要があります。

今回のアメリカにおける「移民反対」の論議は、こうした中南米情勢への関与も、関心も全く切り捨てたもので「怖いから反対」とか「ギャングやテロリストが入ってくるから反対」という印象論に終始しています。これでは問題は先には進みません。

 
 

第3の問題は、トランプ派の「流入ゼロ」という極端な政策です。特にベネズエラの困窮者、あるいは政府や警察から命を狙われている人々に関しては、国際法上も、またアメリカの法律上も、難民認定の候補になります。認定を厳しくすることはできるかもしれませんが、ゼロというのは非現実的です。このため、連邦議会では、上院が超党派の案、つまり難民認定枠を削減する一方で、国境警備費を増額する案を可決しています。これは下院でも審議されており、マイク・ジョンソン議長は、修正の上で可決するという選択が可能です。

ですが、トランプ支持の共和党右派は「移民ゼロ」を叫んでこうした現実的な案に反対しています。要するにこの問題を未解決にすることで、混乱の責任は全てバイデン政権にあるというイメージ戦略を継続したいのだと思います。これに対して、ジョンソン議長は「共和党の穏健派+民主党のほぼ全員」の賛成によって、法律を通すことは可能です。ですが、そうしてしまうと、右派は怒って議長の解任に動くことになります。現在はこの問題と、政府閉鎖の脅迫を含めて、共和党の右派は極めて強硬ですが、とにかく「移民ゼロ」というのは、国内法、国際法に照らして不可能だし、人道面からも不適当だという現実が無視されているのです。

このように、不法移民の定義、中南米情勢、難民認定の法的根拠といった事実認識が全く欠落したまま議論が進み、大統領選の争点になっているというのがアメリカの現状です。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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