コラム

中東問題に関する日本の「中立」外交は問題なのか?

2023年11月01日(水)14時45分

日本の上川外相は、今週イスラエル・ヨルダンを訪問してガザ地区の人道状況の改善を働き掛ける予定 Kim Kyung Hoon-REUTERS

<日本外交は歴史的に「宗教対立には関与しない」基本方針を貫いてきた>

現地時間10月7日に発生した、武装集団ハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃と、これを受けたイスラエルのハマスに対する宣戦布告により、両者は戦闘状態に入っています。米バイデン政権は、直ちにイスラエルへの強力な支持を表明、G7の中でイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダもほぼこれに同調しています。

その一方で、日本はG7諸国の中では唯一この問題に関しては冷静な立場を取っています。勿論、ハマスの人道を無視した乱射、殺人や誘拐などに対する非難は行っていますが、その一方でガザ地区への援助は継続しています。また、国連における決議等での行動も、イスラエルを全面的に支持するアメリカの投票行動とは少し異なった動きをしています。

今回は、上川外相がイスラエルを訪問しますが、前後してヨルダンを訪問、そして可能であればパレスチナ側要人とも会談して、双方に対する敬意を払う姿勢を見せています。つまり、この問題に関して、そして広い意味での中東情勢に関しては、日本は中立の立場なのです。

理由としては3つ挙げられると思います。

中東産原油への依存

1つは、非常に現実的な理由として、日本が石油の一方的な輸入国だからです。日本は資源がないだけでなく、先進国型のエネルギー消費をする人口が1億3000万と多く、また衰退したとは言え製造業もあります。そんな中で、原子力の平和利用については技術力があるものの、政財界が世論を説得する努力が不足しているために、どうしても化石燃料への依存が止められません。

歴史的にも、1970年代に中東戦争による第一次石油ショック、イラン革命による第二次石油ショックという2度の原油高により日本経済は大きく揺さぶられました。そして現在は、ロシアのウクライナ侵攻による原油高と円安に深く苦しんでいます。そんな中では、中東の産油国と良好な関係を保つことは、国益の生命線です。そのためには、パレスチナの人々の権利というアラブの大義に理解を示すことは避けて通れません。

2番目は、製造業の拠点として、資源の購入先として、また人口減に苦しむ中での人材供給元として、日本はアジア、南アジアの国々に大きく依存しています。その中で、インドネシア、マレーシア、パキスタン、バングラデシュといったイスラム圏の国々との関係は極めて重要です。彼らとの信頼関係を維持するためにも、中東における中立ということは必要です。

3つ目の理由としては、日本の外交が江戸時代以来、そして明治から現在に至るまで、徹底的に「非宗教的」であったということがあります。国際社会には様々な利害関係が渦巻いています。その中で宗教を軸とした対立というのは無視できない問題です。ですが、日本は歴史的に「宗教による対立には関わらない」ということ、裏返せば「宗教の対立には全方位で臨む」という姿勢を堅持してきました。これは、例えば戦後における度重なる安保理非常任理事国での貢献などで結果を出したことも加わって、日本の国際的信頼の基盤となっています。今回の中立政策も、その日本外交の「非宗教性」という国是に即したものと言えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア新型ミサイル攻撃、「重大な激化」 世界は対応

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P1週間ぶり高値 エ

ビジネス

NY外為市場=ドル1年超ぶり高値、ビットコイン10

ワールド

再送-ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 買春疑惑で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story