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「サイエンスは暗記物ではない」ノーベル賞物理学者、真鍋博士の教育論
現在の共通テストやセンター試験の原型は、1978年から導入された共通一次試験ですが、例えば東京大学の場合は、その前に大学独自に実施していた一次試験でも、文系理系を問わず「理科2科目」を課していました。これは、真鍋博士が在学しておられた時代に、当時の南原繁総長、矢内原忠雄教養学部長が「教養課程を充実させて文理問わずリベラルアーツを学ばせる」という方針で1・2年生を駒場キャンパスに集めた思想の反映だと思います。
ですが、結果的には文系志望の受験生の多くは、理論的な理解を必要とする「物理、化学」を敬遠して、「生物、地学」を選択することになりました。この「悪しき伝統」は共通一次以降も引き継がれています。つまりそうした学生にとってサイエンスは、原理原則の理解から世界を説明し、問題を解決する学問ではなく、現象面とその用語を頭脳に叩き込む「暗記物」になっているのです。
真鍋博士自身も「若い時には生物学は暗記物だと敬遠」しておられたそうですが、90歳になる今になって「モレキュラー・バイオフィジックス(分子生物物理学)」を学び直しておられるそうです。「生物の進化を遺伝子がコントロールし、その際にはDNA、RNAが情報を渡してゆく、その奥にはタンパク質の働きがある」ことは、そのメカニズムを理解しなくてはダメで、暗記しただけでは全く役に立たないというわけです。
この「サイエンスを暗記物にしてしまう」という傾向は、長い間に日本社会に多くの問題を残してきたように思います。まず、これによって文系の人々によるサイエンスの理解と、理系によるサイエンスの理解が大きく離れることになりました。その結果として、1980年代以降、日本が「より高いテクノロジーの水準」へと進むチャンスにおいて、政府も個々の企業も正しい判断ができなかったという問題があると思います。科学技術における現在の日本の競争力後退の一因という見方も可能でしょう。
物理・化学・数学の基礎教育の大切さ
遺伝子関連の技術や原子核物理学の平和利用に対して、科学的な議論が社会的に十分でないこともこの問題が背景にあると思います。気象学に関していえば、気象予報士試験が、しっかり熱力学などの原理を問うような問題構成になっているのはいいのですが、せっかく高い関心がある一方で、合格率が2%前後と低くなっているのは、実にもったいないと思います。
本来は、21世紀の現代では、大学における文系と理系の区別を廃止すべきですが、それ以前の問題として、高校レベルでの教育を見直すことで「サイエンスを暗記物で済ませてしまう」若者を無くしていくことは急務ではないかと思います。同時に、数学教育のテコ入れも必要です。物理や化学、そして生物の基本的な法則を理解して使うには、数学の力も必要だからです。
真鍋博士によれば、大学に入る前に「物理現象を理解し、化学現象を理解して、問題をいっぱい解く」ことが大切だそうです。そうすると、「物理、化学、数学の基礎ができる」ことになり、「将来いろいろな問題に適用するときに素晴らしいご利益がある」というのです。
日本のサイエンスの水準を作ったこうした基礎教育を大切にしながら、それを高校生の段階で更に生物学などに拡張し、文系の専攻を考えている若者にも基礎の部分はしっかり理解させていく、つまり日本の教育の長所を活かしつつ、それを時代の要請に従って改良してゆくことが大切、博士のお話をうかがっていてその点を強く考えさせられたのです。
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