コラム

アメリカの警察官は、どうしてワクチンを嫌がるのか?

2021年10月23日(土)15時00分

では、警官はコロナに強いのかというと、全くそんなことはありません。シカゴ市警では、2020年には245人、2021年には228人がコロナで死亡しており、合計473人というのは市警全体の3.5%であり、28人に1人がコロナで死んでいる計算になります。アメリカ全体では、3億人の中で70万人の死亡、つまり死亡率は人口比で0.2%ですから、シカゴ市警の死亡率は17倍というわけです。

どういうことなのか、多くの政治家や識者が首を傾げており、色々な分析がされていますが、決定的なものはありません。ただ、どうやら次の3点の説明はできそうです。

1つ目は、ニューヨークやシカゴといったリベラルな風土の地域でも、警察官の意識は非常に保守的だということです。本当は、南部や中西部の考え方が合っており、心情的にはトランプ派に近い人々が、高い給料に吸い寄せられて大都市に来ているだけだというのです。

「自分の身体は自分が守る」

2つ目は、保守とリベラルを問わず、アメリカの警官の間には根深い政治不信、政府不信があるという問題です。大衆の人気取りをするような政治家は、右も左も腐敗しており、命をかけてコミュニティを守っているのは自分たち警官だけ。だから、政治家から「ワクチン義務化」などと命令されるのは気に入らないというのです。

また、アメリカの警察は、その多くが地域の自治警察であり、日本のように国家公安委員会の監督を受ける下部組織では「ない」という問題があります。ですから、シカゴ警察は独立組織であり、例えばワシントンDCのバイデン政権や、シカゴの属するイリノイ州の州政府の命令は受けないというのです。同時に、ネットの間で今でも飛び交っているワクチン陰謀説などに警官の多くが影響を受けているという報道もあります。

3つ目は、これは保守派が医療保険の義務化に反対する心情に似た感覚で、自分の身体は自分が守るという強い意識です。ですから、健康に自信がある場合は、保険への強制加入に反発するわけです。同じように警官の場合は、身体を張って任務に当たっている中で、健康について根拠のない自信があるので、ワクチンを受けたくないというのです。

アメリカの警察には、いい意味での自治の気概があり、多くの警察官は誇りをもって任務にあたっているのは事実だと思います。ですが、その気概や誇りが、今回はワクチン忌避という誤った方向に大きく流れているわけで、これは各地方自治体で極めて頭の痛い問題となっているのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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