コラム

米軍シリア撤退で具体化したトランプの公約「アメリカ・ファースト」

2019年10月24日(木)18時15分

シリア北部から撤退する米軍の軍事車両 Azad Lashkari-REUTERS

<シリアのクルド人支配地域からの米軍撤退を「アメリカの勝利」と宣言したトランプの言葉は、ただの負け惜しみではない>

トランプ大統領による「米軍のシリアからの撤退」宣言は、米軍が同盟を組んでいたクルド人勢力を見捨てることを意味しました。トランプの宣言を受けると、シリアとトルコの国境地帯からクルド人勢力の駆逐を狙うトルコのエルドアン大統領は、ただちに越境軍事作戦を仕掛けました。

あわてて、アメリカはペンス副大統領と、ポンペオ国務長官をトルコに急派し、エルドアン大統領には自制を求めました。エルドアン大統領は、一応話を聞いたのですが、トランプ大統領の書簡については非礼なので廃棄したとするなど、依然強硬でした。

そこで、トランプ大統領は、常套手段である「経済制裁」を使ってトルコに圧力をかけました。一方で、大量虐殺が懸念されたクルド人勢力は、シリアのアサド政権に庇護を求めるとともに、イラク領内への移動を開始しました。

結果的に、10月22日にはロシアのソチにおいて、プーチン大統領とエルドアン大統領が会談して、とりあえずトルコによるシリア領内への越境攻撃については停戦ということになりました。これを受けて現地時間の23日には、ホワイトハウスでトランプ大統領が会見を行い、改めて撤兵方針を確認しつつ「アメリカは勝利した」と述べています。

2011年のシリア内戦勃発以来、アメリカはこの地に精鋭を送って地域の安定に尽力してきました。当初は、シリア民主軍と呼ばれる反政府勢力を支援して、アラブの春の延長としての「アサド政権崩壊」を狙う構えでしたが、シリア民主軍の同盟軍にアルカイダ系がいるという疑いから、全面支援は行いませんでした。

この辺りから、良くも悪くもアメリカの構えは中途半端となりましたが、やがてIS(イスラム国)が台頭してシリア領内での一部地域を支配し始めると、アメリカの目標はIS掃討へと変化しました。最終的にISの無力化に成功したわけですが、そこに至る道のりではクルド人勢力との全面的な共闘が成功を後押しした格好でした。

ちなみに、クルド人勢力については、そもそもイラク領内でサダム・フセインが毒ガス攻撃を含む迫害を行なったことが、イラク戦争によるフセイン討伐の「大義」とされたこともあって、アメリカは友軍とみなしていました。その結果、イラク戦争によって成立した、新生イラクでは、クルド人勢力はより大きな地位を占めることになりました。

大統領選の選挙公約を実現

今回の決定は、そのクルド人勢力をアメリカが見捨てた形になります。また、シリアだけでなく中東全体におけるアメリカの影響力は一気に低下した形です。クルド人勢力を見捨てたことで、アメリカへの信頼感が消滅したという批判もあります。

それにも関わらず、トランプ大統領は「これはアメリカの勝利」だとしているのです。この言葉は、単なる強がりではありません。トランプ大統領は本当に「これで良かった」と思っているようです。というのは、この「シリア撤兵、クルド見殺し」という行動はトランプ流の「アメリカ・ファースト」という考え方そのものが具体化しているからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB、4会合連続利下げ 一段の緩和排除せず

ビジネス

米新規失業保険申請、1.6万件減の20.7万件 予

ビジネス

米GDP、24年第4四半期速報値は+2.3%に減速

ビジネス

ECB理事会後のラガルド総裁発言要旨
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 3
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 4
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 5
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 6
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 7
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 8
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 9
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 7
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story