コラム

日本の「移民」議論で、まったく欠落しているもの

2018年11月29日(木)16時00分

外国人労働者の受け入れによる人材不足の解消は国民もおおむね受け入れているが(画像はイメージで、記事の内容とは関係ありません) Toru Hanai-REUTERS

<外国人労働者を受け入れることで、日本の国内の人材と産業構造をどう変えていくべきか――その視点からは何も議論されていない>

日本では入管法改正案の審議が大詰めを迎えていますが、日本国内では「議論不足」を指摘する声があるようです。これには一理あります。少し考えただけでも、今回提案されている制度にはいろいろと矛盾があるからです。

1つには、実際は「日本語能力」を要求し、また「日本語能力の必要な介護、宿泊、飲食業」までを対象に含めているのに、「移民政策ではない」「定住は厳格に規制する」としている点です。普通に考えただけでも「日本語を習得したら定住する、なぜなら日本語は国外では通用しないから」という流れになるのは不可避であり、政府が提案しているのは事実上の移民政策なのですが、政府は「そうではない」と強弁しています。これは矛盾です。

2点目は、家族帯同を抑制している点です。外国人が日本へ「出稼ぎに来る」というのは、家族があって、家族を支えるために来るケースが多いはずです。家族を養いたいので日本に来るのに、家族が帯同できないというのは全く矛盾する話です。

ただ、こうした点は、すでに議論の中で消化されているようです。日本語能力を必須としたら、その分だけ「来る人が限られる」し、仮に来たとしたら、やがては定住を許すような制度変更になっていくのは目に見えています。また、条件が厳しすぎて「これでは人が来ない」ということならば、そのような条件はやがて緩和されていくでしょう。

加えて、今回は、「保守政権」というイメージを持つ安倍政権だからこそ法案を通すことが可能という面もあるわけです。また、こうした矛盾点は「反対派世論への対策」から出て来たものだということを、与野党も世論も納得し始めているように見えます。大きな混乱もなく衆議院を通過した、特に野党出席の本会議で可決成立したというのは、そのような意味合いと理解できます。

では、今回の制度改正には問題はないのかというと、そんなことはありません。問題は大ありです。

仮に、今回の制度改正が成功して、多くの海外人材が日本の労働力になったとします。特に単純労働の部分で、何らかの「ウィン・ウィン」、つまり雇用側も外国人労働者の側もメリットを享受するという関係が築けたとします。その場合には、結果的に日本の現役世代の労働力を頭脳労働に回すことができるはずです。

問題はその頭脳労働の「質」です。今回の制度改正への批判として、海外の労働力が低賃金で入って来ると、日本人の賃金も低下してしまい、経済が負のスパイラルに入ってしまう危険がある、そのような見方がありますが、仮に頭脳労働の「質」を確保できれば、その危険は減ります。

では、その「質」として何を目指せばいいのかというと、4点ほど指摘ができると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story