コラム

シリア情勢をめぐって生じた、トランプと米軍の間のズレ

2017年03月14日(火)17時15分

実はよく分からないのです。というのは、表面的にはシリア内戦において、ISというのはアサド、ロシア、トルコ、クルド、欧米の共通の敵になっていますが、ではこうしたグループが結束してIS壊滅を狙っているのかというと、必ずしもそうではありません。

と言うよりも、むしろISがあることで「相互が決定的に敵対しない」効果があると言っても過言ではありません。仮にISが消滅して、トルコとYPGが正面切って敵対してしまうと、アメリカはYPGを切れないために立ち往生になります。

どうしてアメリカがYPGを切れないかというと、アメリカにとってイラクという存在が重要だからです。アメリカにとってのイラクというのは、70兆円を超える戦費を投入し、4500人の米兵を犠牲にした結果、辛うじて「新生国家」を作り、維持しているという場所です。その新生イラクの半分以上は、シーア派であり究極的にはイランの影響下にあるとも言えます。

そのため、新生イラクが安定するには、少なくともアメリカにとっての利権というか安定の証明として存在している北イラクのクルド自治区が安定していることが、最低限必要です。仮に、ここを失うようでは、米軍は何のために大きな犠牲を払ったのか、今でも払っているのかが分からなくなります。そのイラクのクルドの同盟相手である、同じクルド系のYPGを庇護するというのはアメリカの「中東戦略」の要であると言っても過言ではありません。

【参考記事】対テロ軍事作戦に積極的なトランプが抱える血のリスク

その一方で、仮にアメリカがYPGに近づきすぎて、トルコが最終的にNATOよりもロシアを選択するようになると、これは欧米にとっては大変なことになります。

私は、ヒラリー・クリントンがあまりにも強くクルドに肩入れしてきたので、トランプは反対に冷淡になると思っていました。トランプは、プーチンやアサドに対して接近する姿勢を見せ、トルコのエルドアンにも支持を表明していたなかで、ここでの「ちゃぶ台返し」が起きる可能性も覚悟していたのです。

ですが、マティス国防長官+マクマスター安保補佐官という組み合わせがそんな「米軍事政策の根幹に関わる変更」を承諾するはずもありません。その辺は、トランプ大統領の側近(ホワイトハウス戦略官)のスティーブン・バノンあたりは「ディープ・ステート」つまり「国家の深部にある陰謀的な一貫性でオバマの影響力がまだ残っているという状況」だと非難していますが、軍としては強い意志を持っているのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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