コラム

「ケリー広島献花」を受け止められなかったアメリカ

2016年04月12日(火)17時20分

 一方でワシントン・ポストのキャロル・モレーロ記者の記事は、G7外相会議の位置づけとして「核拡散防止」というテーマがあったことなど、「ケリー献花」がどのような位置づけで行われたのかを正確に説明する記事で好感が持てました。

 興味深かったのは、記事がトランプの「アメリカによる韓国と日本の防衛責任を放棄させる代わりに、両国に核武装を認める」という発言を意識して書かれていたということです。岸田外相がこのG7外相会議の会見で、このトランプ発言を踏まえての質問に対して「日本は核武装の意思なし」ということを明確にしたことを含めて、トランプの発言がこのG7での「核拡散防止」の努力から見て「ズレまくっている」ことを訴えようとしていました。

 しかしそれでも、このモレーロ記者の記事も決して「オバマ大統領の広島訪問」への応援にはなっていません。

【参考記事】G7外相会合に、中国激しい不快感

 オバマの広島訪問の可能性ですが、今回の「ケリー献花」を主要メディアがスルーしたということも含めて、背景には2つの問題があるように思います。

 1点目は、ヒラリー・クリントン候補が予備選を勝ち抜くまでは気が許せないという問題です。オバマ大統領は、ここへ来て「リビアで性急なカダフィ打倒を支援したのは、自分の在職中最大の誤り」だと認めていますが、これはヒラリーに対して「悪いのはヒラリーではなく自分」だとする一種の援護射撃と理解ができます。

 その一方で、メール問題でのヒラリーの訴追に関しては否定的なコメントを大統領として出すなど、自分の後継者として「明確な支持」は出せないものの、何とか支援ができないか、かなり気を遣っているようです。こうした点から考えると、少なくともヒラリーが予備選の勝利を確定させるまでは、オバマとしてはあまり冒険はできないという事情がありそうです。

 2点目は、今年の大統領選予備選を通じて「孤立主義」あるいは「一国主義」的な感情論が飛び交っていることです。そんな中で、「大統領が広島で献花を行って、合衆国として謝罪するとは何事だ」的な「反対の感情論」に火をつけては大変なことになる、そんな慎重姿勢があるように思います。

 今回の「ケリー献花」を、アメリカメディアが「受け止められなかった」のは事実で、その延長で考えると、オバマ大統領の広島訪問の可能性にも不透明さを感じざるを得ません。現時点では45%程度と考えるのが妥当かもしれません。

 そうだとしても、ケリー長官のコメントは、一人の人間として立派なものでした。報道によれば、予定外の行動として原爆ドームへ足を運んだり、広島城を見学したりして、警備当局は大変だったようですが、この広島という土地への深い思いがそうさせたのでしょう。その行動がジョン・ケリーという人物のクオリティを証明している、私はそう思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送-インタビュー:トランプ関税で荷動きに懸念、荷

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story