コラム

「維新」の「小さな政府論」はどうして行き詰まったのか?

2015年05月19日(火)11時10分

 戦前の民政党が金解禁と緊縮財政にこだわったのも、民主党の野田政権が税と社会保障の一体改革に突進したのも、そのメカニズムでした。非常にイヤな言い方をすれば、相当な知識の量があり、当座の利害から超越して「国家百年の大計」を考える余裕のある人間だけが「財政規律」などというものに関心を向けるということであり、明治以降の日本という国の底の浅さでもあります。

 ですが、そこには確実に「小さな政府論」への支持はあったはずです。「維新」はその点を最初から切り捨てていたわけで、それは1つの見落としだったように思います。

 実は、日本の政治風土の中で「小さな政府論」が成立しない理由にはもっと構造的な問題があります。それは、税負担と行政サービスによる見返りという「プラス・マイナス」の議論が極めて「見えにくい」構造があるということです。

 その「見えにくさ」というのは、2つの軸について言えます。空間軸と時間軸です。

 まず空間軸ですが、現在、東京都を除くすべての道府県は自分の税収だけでは財政が成立しません。つまり国の予算から「地方交付税」という補助を受けて成立しているのです。この交付税があるために、空間上の独立採算というのが見えにくくなっているのです。

 非常に問題を単純化して言えば、大阪でカネが足りなくなれば、国が足りない分を埋めてくれるわけです。反対に、大阪で大変な思いをしてリストラをしたり増税をしたりしても、財政上の余裕ができた分だけ丸々大阪にメリットが来るわけではないのです。

 時間軸ということでは、これは主として国の問題ですが、国家債務が余りに巨大なために、多少財政を好転させても中長期の「破綻への恐怖」は簡単には消えません。また、反対に多少財政が悪化しても、過去に蓄積された国家債務と比較すると「大したことはない」と思ってしまうということもあります。

 そんな中で、激しい政争をしたり、国民を巻き込んで大議論をしたりして一年一年、単年度の財政規律を確保しようなどという雰囲気はないわけです。そもそも、その年に収めた税金の多くは過去の国債の利払いに消える一方で、その年に使うカネは将来から借りてくるわけですから、カネの帳尻の時間感覚がマヒしているわけです。

 財政規律という面から考えてみると、日本の「国のかたち」というものは、時間も空間も歪んでしまっています。その中で「小さな政府論」を掲げることが、例えばその人個人にとって、あるいは全体にどんなメリットがあるのか、今回の「維新」という7年半の試行錯誤は、そのことを訴えることの難しさを証明したようにも思います。

 しかし日本という国は、これからますます財政規律確保という問題と向かい合っていかなくてはなりません。破綻するには大きすぎる日本を、国際社会は破綻させてはくれませんし、同時に人口減と向かい合っていかなくてはならないからです。その意味で、これからは「維新」とは全く別のイデオロギーと戦略を持って、改めて「小さな政府論」を練り直す勢力が出てこなければならないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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