コラム

出生率・出生数の数値目標からは逃げられないのではないか?

2014年05月20日(火)11時33分

 人口置換水準の出生率というものがあります。2.1という数字です。便宜上ですが、1人の女性の生涯の出生数の平均で計算することになっています。どうして1.0ではなくて、2.1なのかというと、出産のできない人口、つまり男性全員と出産年齢以前に亡くなる人口などの分、1.1が上乗せされているからです。

 この2.1が確保できれば国や社会の人口は維持され、確保できなければ減っていきます。現在の日本の合計特殊出生率は1.4ですから1世代を経過すると若年人口は急速に減ります。その減り具合は約67%(3分の2)です。厚生労働省の人口推計では、2060年には日本の人口は9000万人を割り込むと推計されています。

 ですが、何も考えずに数値目標を立てれば、女性の世論から反発が出るわけです。特に女性票を意識したグループなどから「数値目標は女性へのプレッシャーになる」という声が上がっています。

 当然のことだと思います。そして、こうした異議申し立てというのは正しいし必要なことだと思います。

 なぜかと言うと、出生率の数値目標に対して「女性がプレッシャーを感じる社会」ということ、そのものに少子化の要因が、それも根本要因があるからです。女性たちの反発は、その一番重要な問題を指摘しています。

 人間というのは有性生殖の生物であり、しかも哺乳類の中でも未熟なまま出生する種です。次世代の生殖と養育が可能な能力や生活力を得るまで成熟するのに20年前後がかかり、それまでは母親だけでなく父親や社会の支援が必要な存在です。

 ですから、2.1が達成できないで、1.4という低水準にあるのは、勿論、女性だけでなく、男性や子育て世代以外の考え方や行動様式にも「問題が大有り」であることを示しているのです。「2.1」と言われて女性がプレッシャーを感じるということ自体が、その問題が深刻であることを、そして、その問題を除去することが少子化問題のおそらくは主要なテーマであることを示しています。

 ですが、政権の側が「では数値目標を引っ込めよう」と考えるのはどうでしょう? これは全く次元の違う話です。問題からの逃避であり、責任放棄に他なりません。「女性票に迎合したポピュリズム」だからダメなのではありません。「女性だけがプレッシャーを感じる」という現象が、「子育てを女性だけに担わせている」という現状への強烈な異議申し立てであることに気づいていない、その鈍感さがダメなのだと思います。

 政権は数値目標を設定し、その結果に責任を取ることからは逃げられないのです。2.1という数字は、言ってみれば社会全体のバロメーターなのです。社会に様々な問題があるから、2.1が1.4まで減っているのです。そうした問題を1つ1つ着実に解決していく、解決はしなくても、問題提起をし続ける中でしか事態の改善というのは望めないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ルーマニア大統領選、12月に決選投票 反NATO派

ビジネス

伊ウニクレディト、同業BPMに買収提案 「コメルツ

ワールド

比大統領「犯罪計画見過ごせず」、当局が脅迫で副大統

ワールド

イスラエル指導者に死刑判決を、逮捕状では不十分とイ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story