コラム

追悼、フィリップ・シーモア・ホフマン

2014年02月04日(火)13時24分

 ハリウッド映画には、アート的な人間ドラマというジャンルがあります。小説で言えば、純文学的なカテゴリであり、マーケットとしては大きくはありません。その一方で、こうしたアート的な映画、あるいはその中での演技というのは、それがオスカーの対象になることは多いわけです。

 ですが、それは賞レースに組み込むことで、本来は小さな市場しかない作品群をムリに売り出しているわけではないのです。こうしたジャンルの映画があり、そこで人材を鍛えるというシステムがなければ、ハリウッドというビジネス全体のクオリティが確保できないわけで、その意味ではこうしたアート系の映画を、アメリカの映画産業としては真剣に制作しているのだと言えます。

 悪いことではありません。むしろ、必要なことだと言って良いと思います。日本で言えば、古典芸能の世界と芸能界の関係に近いかもしれません。また、こうしたアート系の映画で活躍する「演技巧者」の人々は、同時に舞台俳優としてアメリカの演劇界を支えているとも言えます。

 フィリップ・シーモア・ホフマンという人は、そのハリウッドの演技界にあって、90年代から今日に至るまで代表的な存在でした。新作映画の情報が流れた時に、そこにホフマンの名前があれば興味が湧くし、実際にその作品を見れば、作品はともかくホフマンの演技には裏切られることはない、ある意味で、それは多くの映画好きに取って「当然の習慣」になっていたように思います。

 そのホフマンは、『カポーティ』(2005年)でオスカーの主演男優賞を取っているのですが、その受賞についても、極めて当然視されていますし、またオスカーを取ったからホフマンが特別な存在になったわけでもないと思っていました。今後もホフマンはアート系のコンパクトな映画でも、大予算のエンターテインメント大作でも才能を発揮し続けるに違いないし、事実、その演技力は進化しつつこそあれ、沈滞の影は全く感じられなかったのです。

 ですが、もうホフマンはこの世の人ではなくなりました。そのキャリアは46歳という若さで断たれ、一部の遺作を除いてもう彼の新作を見ることはできないのです。

 死因はヘロインの過剰摂取と伝えられています。報道によれば、昨年来、薬物中毒の治療中であったということと、ヘロインだけでなく、処方箋薬の濫用癖もあったようです。死因については、検死結果により解明が待たれます。

 ホフマンの出演作品は膨大な数に上りますが、どんな小さな役でもドラマの文脈を精密に踏まえた「劇」を演ずることで、スクリーンの中で存在感を見せていました。私は彼の全作品は見ていませんが、本日は追悼の意味を込めて「これは」という出演作を5本取り上げてみたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国務省キャリア官僚10人超に辞任要請、トランプ氏

ビジネス

ECBによる年内3─4回の利下げ観測「妥当」=クロ

ワールド

プーチン氏、トランプ氏就任を祝福 ウクライナ巡る対

ワールド

トランプ氏、多様性政策撤廃の大統領令に署名へ=当局
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    メーガン妃とヘンリー王子の「山火事見物」に大ブーイングと擁護の声...「PR目的」「キャサリン妃なら非難されない」
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 6
    台湾侵攻にうってつけのバージ(艀)建造が露見、「…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 9
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 10
    身元特定を避け「顔の近くに手榴弾を...」北朝鮮兵士…
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 10
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story