コラム

追悼、フィリップ・シーモア・ホフマン

2014年02月04日(火)13時24分

『スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜』(ジョージ・クルーニー監督、2011年、原題: The Ides of March) ホフマンの演技力ということでは、1つの頂点だと思います。主役のライアン・ゴズリングの上司として大統領候補の選挙参謀役で登場するのですが、「いかにもワシントン政界のウラ」に生息する「やり手」風の喋り方の中に、善悪の交錯する複雑な心理を埋め込んでおり、技術的にはため息をついてみるしかないレベルだと思います。

『カポーティ』(ベネット・ミラー監督、2005年) 言わずと知れたホフマンの「オスカー主演男優賞」受賞作。ここでのホフマンは、作家トルーマン・カポーティの特徴ある喋り方や表情を徹底的に再現しようとしており、演技のスタイルとしては極めて人工的です。ですが、人工的な芝居の積み上げというのは、あくまで後半にやってくるクライマックスで主人公が「崩壊」するための序章に過ぎないわけで、そのクライマックスにおけるホフマンの演技には鳥肌が立ちます。

『コールド・マウンテン』(アンソニー・ミンゲラ監督、2003年) 本作は、ベストセラー小説の映画化で、南北戦争終結前後における「北軍による南軍狩り」を描くという内容自体が「映画向け」ではないために、ミンゲラ監督は相当に苦労した作品です。その中で、ホフマンは「堕落した牧師」というキャラクターで、主人公(ジュード・ロウ)の同行者として出てきます。小さな役ですが、猛烈に難しい役でもあり、ホフマンは本当に色々なことをしていて興味深いです。

『リプリー』(アンソニー・ミンゲラ監督、1999年) ミンゲラ監督、そしてジュード・ロウとの共演ということでは、この『リプリー』の方が良いかもしれません。ホフマンは、イタリアの風景の中で「浮いているアメリカ人」ということ、そして同性愛的な雰囲気、更には主演のマット・デイモンとの確執など、複雑な要素の埋め込まれたキャラを巧妙に表現しています。

『マグノリア』(ポール・トーマス・アンダーソン監督、1999年) ホフマンは、アンダーソン監督の作品にも何本かでており、例えば70年代のポルノ映画業界を描いた怪作(本当は傑作)『ブギー・ナイツ』などにも出ています。この宗教的とも言える複雑なオムニバス群像劇では、終末医療を担当する看護師の役で「抑制と静謐」を演じて、ある意味で作品全体を「締める」役回りを見事にこなしています。

 とりあえず5本を振り返ってみて思うのですが、ホフマンは若い時から「チョイ悪+鋭利な知性+早口+人情味」という要素のキャラがやや固定していました。その意味では、大ヒット作の『ミッション・インポシブル3』とか一連の『ハンガー・ゲーム』シリーズなどエンタメ系の「悪役」などは、彼にしては「朝飯前」だったのだと思います。

 ですが、『マグノリア』で見せたピュアな静謐感というのもホフマンは本当にキチンと演じていました。決して大傑作ではないのですが、人情味を重視した医師の伝記映画『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』でも主人公の同僚にして理解者の役で、実に「きれいな」演技と透明な笑顔を表現していたのが印象に残っています。

 彼がこれから先、50代、60代へと進む中で「知的チョイ悪キャラ」だけでなく、静謐で透明なキャラクターの表現をどんどん深めていってくれたら、そんな思いは、しかし永遠に叶わないことになりました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story