コラム

秋入学のギャップイヤーに就業体験というのは面白いかもしれない

2012年02月08日(水)11時20分

 大学の秋入学に関して発生する4月から8月の「半年間」については、この欄で前回取り上げた時には、補習的なもので精一杯だろうという考え方をお話しました。現在の高校の教育では英語の読み書き会話力も、ディスカッションに「貢献する」スキルにしても、数学やサイエンスを中心とした基礎学力も全く足りないので、秋入学までの半年間はこうした「レベル合わせ」が必要という考え方です。

 ですが、東大の浜田総長が経団連に対して「秋入学問題に関する協議」を申し入れたというニュースを聞いて、私は少し考えを変えました。仮にこの期間に大企業の中枢に入って、18歳から19歳の若者が就業体験をするというのは面白いかもしれない、そう思ったのです。

 同じ就業体験とかインターンシップということでも、大学入学前というのは大学の3年生や4年生の場合はニ点大きな違いがあります。

 一つは、入学前の段階では専攻が決定していないわけです。この段階で複数の企業の現場を知るということは、学生が将来の進路をイメージしながら専攻を決めるという意味で効果があると思われます。商社で数週間を過ごす中で「これからは商社でも金融工学が必要らしい」ということを体感すれば数学を学び直そうという気になるでしょうし、モノづくりからネットワークへと大きく変化を迫られている企業の内情を知れば、その企業が求める人材は機械工学ではなく認知科学であったりネットを含めた社会心理学であったりすることを知ることができると思います。

 従来ですと、学生の就職人気企業というのは金融・商社・輸出産業といった「安定・上昇志向」か、メディア・小売・旅行業などの「少ない人生経験の中で消費者として接したことのある業種」に偏ってしまい、業種選びというのは試行錯誤になりがちだったわけです。ですが、専攻決定前、選択科目の登録の前に「同時代の企業がどんな位置にあり、4年後には何が必要とされているか」を雰囲気でもいいですから経験できれば、それに自分の適性や好奇心の方向性とのマトリックスで専攻と進路とを一貫性のある形で考えることができるかもしれません。

 その上で2年ないし3年後にまだ「大学で学んだことは意味がない、当社に蓄積されたノウハウを入社後に学べば良い」などと言っている会社は「こちらからお断り」ということができるわけです。

 もう一つ重要なのは、3年生とか4年生のインターンというのは、完全に就活の一部になっているわけです。ですから、どうしても高評価を得て内定に結び付けたいという心理が働いてしまい、企業を突き放して見るのは難しくなります。明らかに「非常にブラックだ」とか「大きなスキャンダルが明るみに出た」ということが分かればその企業は避けるという行動になるでしょうが、そうでもない限りは学生の側の見方としてはどうしても「前向きにこの企業の現実を受け入れよう」という心理になると思います。

 ですが、18歳から19歳の大学入学前のインターンというのは違うわけです。良い意味で無責任であり、何も「人質には取られていない」状態で企業の内情なり雰囲気を知ることができるわけです。

 本当に真っ白で素直な観点から、「ああ、日本企業がリスクを取らないというのはこういうことなんだな」とか「育休が嫌われるのはワークロードが手一杯というより人に仕事が張り付いていてバックアップができないからだな」とか「メールで済むところを対面コミュニケーションを要求されていては生産性は上がらないな」などという観察ができる、これは大変に重要な意味があると思います。

 外資系にしても「そうか、外資の日本の現地法人というのは本社並みの権限はないんだ」ということに気づけば「焦って外資系巡り」をする3年生や4年生とは違う発想が出てくるでしょう。例えば「外資系金融で腕を磨こうと思ったら本社に潜りこんでやろう。そのためには数学と英語だな」などという戦略が立てられるわけです。また本社から来た、日本語ペラペラの外国人社員などに接すれば、国際間の架け橋として働くことがどういうことなのかが分かるでしょう。

 もしかしたら、大学サイドは「将来設計のできない学生が多くて困る」から、入学前の就業体験などと言い出しているのかもしれませんが、本当にそうした制度が回りだせば「同時代のビジネスには役に立たない授業」を学生は見抜くことになるかもしれず、大学にとっては両刃の剣になる可能性があると思います。いずれにしても、大きな改革の流れの中での提案であり、評価しても良いでしょう。

 ちなみにこの提案を受けた経団連は、幅広く受け入れると言う一方で、「ギャップターム」にボランティアなどを推奨し、この時期の過ごし方を採用にあたって評価する(同副会長の日立製作所川村隆会長)などと言っています。(読売新聞の電子版による)こちらはコメントとしては落第です。

 18歳、19歳でボランティアをしたかどうかなどを「基準」とするなどというのは、まだ新卒一括採用による「全人格評価」を止めないという保守的な発想を色濃く感じます。更に就業経験では「企業の研究室などを見てもらう」(同じく読売の記事による川村副会長発言)などというのでは、対応として何とも表面的です。

 研究室だけではなく、本当に製造の現場を見せ、意思決定の周辺を見せ、事務の現場を見せるのです。その中で、日本の企業が国際競争力の維持のために戦っている様子、従業員個人や各組織がワーク・ライフ・バランスに工夫をしたり苦しんでいる様子、巨大組織の社内調整がどうして非効率なのか、そして例えば日立製作所の場合はアンチ原子力の逆風の中、世論とのコミュニケーションにどう苦闘しているのかなど、「ナマ」の現場を見せてやって欲しいのです。

 そうして、21世紀の中盤へ向けて生きてゆくことになる若者たちに、強く鋭い刺激を与えてやって欲しいのです。18歳、19歳の瑞々しい感性で、企業の一員となることの無限の可能性と、それに伴う犠牲と、そして何よりも日本という社会と個々の企業が激しい変化に晒されているということ、だからこそ次世代に期待するものがあるのだということを見せてやって欲しいのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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