コラム

「時代閉塞の現状」を考える

2011年05月11日(水)17時09分

 震災よりはるか以前から「閉塞感」という言葉がよく聞かれますが、震災後2カ月を経た現在も、エネルギー政策や復興計画がまとまらない現状を表現するならば、やはりそこには「閉塞」という言葉が当てはまってしまうように思われます。そもそもこの「閉塞感」という言葉のルーツですが、今から一世紀前の1910年に石川啄木が書いた「時代閉塞の現状」という短いエッセイに遡ることができると思います。幸徳事件から日韓併合に進む明治末年の「強権政治」に対して啄木が危機感を綴った書という評価が一般的ですが、肝心の「閉塞感」についていえば、100年後の現在とはかなりトーンが違います。

 例えば啄木は「我々日本の青年はいまだかつてかの強権に対して何らの確執をも醸したことがないのである。したがって国家が我々にとって怨敵となるべき機会もいまだかつてなかったのである。」と述べて、明治維新以来、強権的な国権論に対して若者が異議申し立てをしたことはなかったと断罪しています。

 啄木の結論は明快です。「いっさいの空想を峻拒して、そこに残るただ一つの真実ーーー『必要』! これじつに我々が未来に向って求むべきいっさいである。(中略)必要は最も確実なる理想である。」この「必要」に根ざした要求に未来をかけるというのは、精神論から物質中心へ、自然主義から社会主義への移行が必要だということをハッキリ述べているわけです。

 24歳の啄木は何に憤っていたのでしょう? 強権に対抗して若者に希望を抱かせるためには、物質的な要求を掲げていわば「権力闘争をすればいい」のに、多くの若者は人生や社会の苦悩そのものを描くリアリズムに逃避して「自然主義文学」などに走っている、啄木の嘆きはそこにありました。

啄木の結論は正しかったのでしょうか? 歴史の語るところはむしろ否定的です。例えば、日本で戦前に社会主義革命が発生すれば、やがてロシアや中国からの支配を受ける関係になり、新たな強権政治を生んだでしょうし、仮に20世紀の後半に民主化革命が起きたとしても、現在の東欧がそうであるように試行錯誤が続いた可能性があると思います。

では、強権に流されながら「遅れてきた帝国主義」の道を突っ走った20世紀初頭の日本の進路は、破綻という結果も含めて不可避だったのでしょうか? そうとも言えないと思います。歴史に "if" は禁物かもしれませんが、国際的な通商システムの黎明期に当たって、軽工業の生産性に注力しながら開発独裁から開かれた社会へのソフトランディングは全く不可能であったとは思えないのです。

 厳しいことをいえば、30年後の大破綻に至った責任は啄木の側にもあるのです。「閉塞感」と言いながら、啄木の思想というのは社会主義革命という政治的な立場を打ち立てて「強権」と対抗することで、社会を対立と分裂の方向性に煽っただけだと思うからです。一方の立場に立つことで仮に弾圧を受けるにしても自分なりに思想の一貫性を疑わずに済んだ、その中で敗北しつつあることを「閉塞感」と言っているだけです。これは現在の「閉塞感」とは全く次元が違うように思われます。

 例えば原発の問題が典型的です。

 今回の浜岡をめぐる経緯を見ても分かるように、原発の反対論と推進論は互いに「丁々発止」議論を戦わせる状況にはありません。反対論の根拠は、政府の権力や大企業への不信であり、核の軍事利用の歴史への強い拒否感が平和利用にまで押し出している感覚であり、その結果としての「目に見えない放射線」への全面的な拒絶の感覚です。一方で推進論や現状維持論の根拠は、核にあるのは経済合理性であり、確率論とコスト計算でリスクに対処しようというアプローチが中心というわけで、そもそも議論にならないのです。

 勿論、この両者はお互いを相当に嫌っているし、お互いを敵だと思っています。それだけなら、啄木の時代の「強権か社会主義か」という対立と構図は変わりません。ですが、問題はそう単純ではないように思います。例えば、反対論の側でも、エネルギーの需給が社会にとって死活問題だということは理解しています。一方で、原発の維持論者の側も反対派の持つ「原発依存から少しでも抜けたい」という覚悟の強さを全く無視もできないでいるわけです。

つまり、原発については反対派も維持派もお互いのことは分かっているし、お互いの立場を全否定しているのでもないのです。かと言って思い切った妥協の用意や、相手の立場を誠心誠意聞くというわけでもありません。そんな中、何かを決めようとしてもなかなか合意形成ができない(飯館の問題、夏場の電力需給の問題など)一方で、浜岡のように先に結論を持ってきても他の問題との整合性が取れずに苦しんでいるわけです。

もっと言うなら、原発はイヤだが極端に貧しくなるのも怖いというジレンマを世論は抱えており、そのために金縛りになっているという指摘もできるように思います。震災の前から引きずっている「脱産業社会ヘ進むしか成長の可能性はないが、格差の拡大はイヤ」というジレンマもこれに重なっています。現在の日本の「閉塞感」というのは、そうした複雑さの中にあるのでしょう。

この閉塞感からどうやって脱してゆくのか? そのためには選択可能な複数のオプションを社会が一体となって考えて、実務的な対立軸に基づいた論争を経て決定へと持ってゆく、そうした手間のかかるプロセスをやってゆくしかないのだと思います。その大変さは正にコストなのですが、同時に社会が成熟していることの証明でもあります。

手間のかかるプロセスをキチンと踏むためには、論理性とパッションが必要ですが、もしかしたら、リーダーシップの中に、その論理性とパッションが感じられない、それが閉塞感を深刻にしているのかもしれません。今回浮上しつつある東電救済案が改めて注目されます。

(筆者からのお知らせ)
明日、5月12日(木)、 21時30分より、日経CNBCの「NEWS ZONE」に出演します。
米国の政治経済を中心にお話することになっています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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