コラム

人と人は「対等」であれば「つながる」ことができるのではないか?

2011年03月28日(月)11時57分

 現オリックス・バファローズの田口壮選手が、セントルイス・カージナルス時代に綴っていたブログは、日々新しい発見があり私は愛読していました。特にマイナーから一軍へと一進一退の苦しい戦いを続けておられた時期のものは今でも記憶に残っています。多くの試練を前向きにとらえる視点が感銘を与えた理由だと思います。

 そんな田口選手ですが、一度かなり感情的な表現をしたことがあります。それはアメリカでは当然になっている寄付活動や慈善事業に関して、日本の読者から「偽善である」という指摘を受けて、それに対してどうしても説得ができないことを嘆いたという部分でした。2004年か05年あたりの出来事だったと思います。当時の私はどちらかと言えば田口選手の視点に自分を重ねながら経緯を見ていた記憶があります。

 ですが、その後、日本との行き来が多くなった私は少しずつ理解をして行きました。「上下の感覚」の濃い日本社会では、寄付や慈善事業というのは「持てる者」による「持たざる者」への「施し」という感覚がどうしても消せないのです。その中で「自分は持たざる者」であるという視点を持ってしまうと「与える余裕のある人間」がその「特権性」への自覚や反省もなく「与える」という行為を見るだけで、その行動そのものが自分たちの自尊心を踏みにじっているように感じられてしまうのだと思います。

 重苦しい解説ですが、「偽善」という言葉の裏にあるメカニズムは、そうでもしないと説明ができません。また、気軽に寄付をするアメリカ人に比べて、寄付や慈善事業に腰の重い日本人は劣っているという印象を持つ人がいるとしたら、見方として余りに単純すぎる、そんな風に思うようにもなりました。

 どうしてこの「偽善」の論議をお話ししたのかというと、それは今回の震災の直後に「古着を送るのはやめよう」という意見がネットの間で飛び交ったという「事件」を考えてみたかったからです。ちなみに、ネットを通じた流言を詳しく検証しておられる荻上チキ氏によれば、その反動として「被災地は寒いから古着も必要」という「情報」が流れてしまい、反対方向での混乱もあったそうです。

 この件に関しては私は善悪の判断はできません。初期に古着を送るのが躊躇されたための実害がどの程度か、後に古着が殺到したためにモノの流れが混乱してどんな被害があったのか、現時点での検証は不可能ですし、仮に検証ができたとしても責任論には意味があるとは思えないからです。

 この「事件」に関してですが、当初の「古着はダメ」という「情報」が独り歩きした背景には「古着を送る」という行為が「被災者を見下すことになる」というタブーの感覚に触れてしまったという問題があるように考えられます。寄付行為が「偽善」と受け取られれば「与える側」も「受け取る側」も精神的に傷ついてしまう、そんな想像力が「古着が被災地に与える屈辱感」への「ためらい」として瞬時に人々に共有されてしまったのでしょう。

 そして、その反動が大きかったのは、そうした「偽善への警戒」というのは実は「平時モード」の感覚に過ぎず、非常事態ではそんなことは言っていられないという反省がこれまた瞬時に共有されたからだと思います。

 このエピソードから私たちは多くのことを学んだように思います。例えば今回の震災被害への認識について、「はるかに温暖で寒さの脅威のなかったスマトラやハイチ」や「少なくともずぶ濡れにはならなかった四川やニュージーランド」とは「全く違う種類の被災」という理解は広がったように思います。

 気がつくと世界中で寄付の動きが全開になっています。こうした活動は手馴れているアメリカでは勿論そうですが、日本でも著名な人々が額をオープンにして相当な寄付をしています。正に世界が一変した感があり、事態の深刻さを示していますが、同時にこの「古着」や「実名での寄付」というエピソードは、ある種の「対等」ということを語っています。

 つまり、今回の災害では「被災者が偉く」て、「被災地から離れている人」は「偉くない」とか「無傷でいるのは罪深い」という「上下の論理」は吹き飛んでしまったということです。被災した人には「生存のために救援の物資やサービスを受け取る無条件の権利」がある一方で、被災しなかった人には「何らかの救援活動をする自然で強い動機」が生まれているのです。そのことを疑問なく、また「自尊心のゲーム」に陥ることなく行動へと移すうちに、ふと気がつくと「上下の感覚」が弱くなっているのではないか、そんな風に思うのです。

 被災地からは、避難所の人々が救援物資に対して丁寧にお礼を言って受け取るシーンが多く見受けられたという報道があります。例えばですが「被災しなかった罪悪感」や「自分に何ができるのだろう?」という疑問を抱えた県外ボランティアの人々には、被災者の素朴な「ありがとう」は心に沁みるのではないでしょうか。その先に「何か特にお困りのことは?」とか「今すぐ必要なものはありますか?」という会話が進む、そんなことも考えられます。

 それは思いがけず丁寧な挨拶が返ってきて感動したとか、暖かい心のふれ合いがあったというだけでなく、そこに「対等性」が実現されているからです。善意に対しては礼を述べ、その礼に対しては謙遜を返すという日本語の話法には、そのような「良き思い」を交換することで老いも若きも「人間としての尊厳」という意味では対等になれるという効果があるのです。礼節が被災者もボランティアも対等にするのは、そうしたメカニズムだと思います。

 ここ数十年の間、日本の若い人には「敬語とか礼節というのは年長者への服従」であり不本意なものという誤った上下の意識が根づいていました。勿論、その背景には精神的な権力を濫用する年長者のカルチャーがあったのですが、そうした「上下の感覚」も、この震災をきっかけに乗り越えることができるのかもしれません。

 思えば、今回の震災により、世代間の対立にしても、都会から地方への見下すような感覚も、自衛隊員への冷たい視線なども、気がつくと消えているように感じられます。前回この欄でお話しした、追悼の思いという「こころの問題」は比較できないということに関してもそうです。笑える人とまだ泣いている人がいる中でも、せめて「対等」でさえあれば、気まずくお互いを避け続けなくても済むように思うのです。

 人間と人間の「つながり」を阻害していた「上下の感覚」が消え、ある種の「対等」の感覚が生まれています。厳しい災害の被害と戦うために、そのために人と人が「つながる」という必要に迫られてのことには違いありませんが、これから日本という社会を再建してゆくための一つの手がかり、一つの希望とすることはできると思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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