- HOME
- コラム
- プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
- 共和党の「希望」ハッカビーが「オスカー女優」ポート…
冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
共和党の「希望」ハッカビーが「オスカー女優」ポートマンを攻撃した真意とは?
アメリカでは「オスカー表彰式」の翌朝は、ニュース各局は当日の「ファッション」についての評価で盛り上がります。今年の「ファッションの女王」として評価が高かったのは何と言っても主演女優賞を受賞したナタリー・ポートマンでした。お腹には受賞の対象となった『ブラック・スワン』の仕事で知り合った振付師のミルピエ氏との間にできた子供がいる、そんな自分を堂々とパープルの「史上最強のマタニティドレス」で包んで登場した姿はやはり多くの人に好印象を与えたのだと思います。
ところが、この「妊婦姿」にイチャモンをつけた人物がいるのです。他でもありません。2012年の大統領選挙へ向けて、共和党の「希望の星」であるマイク・ハッカビー牧師がマイケル・ネドベドという保守系のキャスターによるラジオ番組の中で、強くポートマンを非難したのです。その内容ですが、司会のネドベドが「ハッカビーさん、未婚なのに妊娠している姿っていうのはどうですかねえ?」と水を向けたところ、ハッカビーはいつもの能弁が更に勢いづいたように延々とポートマンを攻撃したのでした。
その論旨ですが、なかなか巧妙なものです。「この人はですね、一本映画に出ただけで何億も稼ぐんでしょう。シングルマザーってのは、普通はそんな格好良いものじゃないんですよ。大金持ちの人が籍を入れないで妊娠したとか、それが格好良いとかいうのは、多くの若者に誤ったメッセージを送ることになるんじゃないか、私はそれが心配なんです。シングル・マザーの苦労というのは本当は違うんですよ・・・」といった調子です。
ハッカビーというのは、前回の2007~08年の予備選で、スーパーチューズデーでも善戦し、最後までジョン・マケイン候補と指名を争った有力候補です。アーカンソー州の知事を経験している一方で福音派の牧師、しかも非常に能弁で切れ味の良いレトリックが身上です。現在、2012年の大統領選へ向けて共和党としては、紛れもないトップランナーであると言って構わないでしょう。
それにしても、ポートマンという超人気者を「こき下ろす」というのは、彼としても異例の行動です。そこで、今回の事件を聞いて、彼はもしかしたらもう「大統領選にヤル気がない」のではという憶測も出ています。背景には、オバマと対戦して負けては政治生命もキャスターとしての人気も終わってしまうのを心配しているとか、州知事時代に権勢を振るった夫人に頭があがらないそうで、大統領になってその夫人がファーストレディにーになることへは批判が多く、夫妻で投げやりになっているという説などがあります。確かに世論調査では「オバマ対ハッカビー」では勝てるデータは余り出ていないのと、オバマの支持率がジリジリ好転してきているので、ハッカビーとしては悲観せざるを得ないのかもしれません。
別の見方もあります。マイク・ハッカビーという人が「ナタリー・ポートマン」へのバッシングに走ったというのは、相当に計算の上だという見方です。ポートマンという女優のイメージは、日本ではハリウッドの若手の中では美人女優だとか、『レオン』での子役デビューは鮮烈だったとかいわゆる「芸能人」の典型と思われているようですが、アメリカでは何と言っても「知的な女性」のシンボルなのです。
それも相当にハッキリしたキャラクターが出来上がっています。「オバマ支持のジェネレーションYを代表する人物」、「ハーバード卒業のインテリ」、「イスラエル国籍を捨てない穏健ユダヤの典型」・・・そんなイメージです。これは、ハッカビーが支持基盤としている「草の根保守」の180度反対と言えます。
ハッカビーの言う「貧しいシングルマザー」というのは、若くして一時の過ちのために人生を狂わされた女性たちで、ここ数十年は「心貧しき人」の典型として、宗教保守派の「マーケティング」のターゲットになっている層です。自分はそうした不幸な若者の代弁者として、ポートマンという「億万長者のユダヤ系リベラル」は叩くのだというわけです。その威勢の良さを見ると、もしかしたらハッカビーはまだまだヤル気があるという見方も可能だというわけです。
もう1つ、それでも普通は躊躇する「妊婦姿へのバッシング」に走った背景には、もう1人の「アメリカで一番有名なシングルマザー」への「当てこすり」があるという説があります。その「有名なシングルマザー」というのは、他でもないサラ・ペイリンの長女、ブリストルさんです。母の選挙中に、高校在学中に妊娠を発表し、相手の男性と婚約、婚約破棄、再婚約、再度の婚約破棄を繰り返し、今はシングルマザーであるブリストルさんもまた、有名人を母に持ち、決して経済的には不自由しない生活をしています。
もしかすると、ハッカビーはポートマンを叩くことで、ブリストルさんとその母親であるペイリンへの「イヤミ」を言っているのかもしれません。そこには、ペイリンの宗教保守主義はニセモノという彼独特の自負が感じられ、「自分こそが福音派のチャンピオン、ペイリンは宗教保守のリーダーではない」という出馬宣言につながるような気配を見ることもできるわけです。
しかしまあ、ポートマンとしてはとんだ迷惑です。ポートマンという人は、『レオン』における少女が銃を使った暴力に走るという役柄が、アメリカでは社会的非難を浴びる(銃社会のくせに、いやそのために少女の銃による攻撃シーンのタブー度は高いのです)ことで芸能キャリアをスタートさせたこともあって、役柄を通じた自分のイメージには神経を使ってきました。
例えば『スターウォーズ』での共和制を志向する女王、『V・フォー・ヴェンデッタ』の管理者会に反逆する革命シンパ、といった比較的自分の主義主張に近い作品だけでなく、中西部の保守的な地域の人間を演ずることで「自分は草の根保守の敵ではない」ことをアピールしてきたように思います。例えば『地上より何処かへ』では中西部の不幸な女性が、タチの悪い男性を捨てて自立する過程で「ウォールマート」の中で出産したり、竜巻にあってひどい目にあったりという正にハッカビーが擁護したような女性像を演じています。
また『コールド・マウンテン』では南部の山間部で暴力に怯える女性を、そして『マイ・ブラザー』では典型的な現代風の「兵士の妻」の造形に成功しており、インテリ女優としての「作ったような」雰囲気は微塵もない、生まれながらの保守的な白人ブロンド女性を自然に演じてもいました。政治的にも「オバマ一筋」ではなく、そもそもはヒラリー支持者であり、ジョン・マケインにも一定の評価をしていたこともあります。
今回の一件は、そうした彼女なりの「敵を作りたくないという完全主義」が崩された格好であり、ポートマンとしては相当に怒っているのではないかと想像されます。ポートマンは今回のバッシングに関しては「華麗にスルー」という構えですが、もしかするとハッカビーが正式に予備選に出てくるようですと、この事件は何らかの形で蒸し返されるかもしれません。
環境活動家のロバート・ケネディJr.は本当にマックを食べたのか? 2024.11.20
アメリカのZ世代はなぜトランプ支持に流れたのか 2024.11.13
第二次トランプ政権はどこへ向かうのか? 2024.11.07
日本の安倍政権と同様に、トランプを支えるのは生活に余裕がある「保守浮動票」 2024.10.30
米大統領選、最終盤に揺れ動く有権者の心理の行方は? 2024.10.23
大谷翔平効果か......ワールドシリーズのチケットが異常高騰 2024.10.16
米社会の移民「ペット食い」デマ拡散と、分断のメカニズム 2024.10.09