コラム

食料品の軽減税率が支持されない理由と、その原因とは?

2011年02月04日(金)14時11分

 エジプト情勢はまだまだ流動的ですので、来週以降もこの欄でアメリカでの見方などを随時お話してゆくことになると思います。ところで、今回の大きな民主化運動ですが、1つのきっかけとなったのは食料品の高騰だと言われています。エジプトという国は、慢性的に財政が厳しいのですが、国のキャッシュフローが悪化するとIMFの指導を守ったり、少し余裕ができると一転して放漫財政に流れたりしてきています。そんな中、賃金が安く抑えられたまま、ジワジワと食料品が高騰しており、それが生活苦になっているというのは国民に大きな不安感を与えたようです。

 一方で日本に目を転じてみると、少しずつ動き出した消費税論議の中で、食料品について大幅な課税アップになることには抵抗が多いかというと、この点に関してはそうでもなくて、実際には食料品の軽減税率については消極的な意見が多いようです。というのは、「現代の日本では家族があってスーパーで肉や野菜を買ってきて自分たちで調理して食べる」ようなライフスタイルは基本的に贅沢であって、「僅かな移動時間にコンビニの調理パンをかじる」とか「値下げが嬉しくて牛丼ばかり食べている」方が庶民的なのだから、外食や調理済み食品には課税して、食材には課税しないというのは「不公平」、そんな議論がかなり一般的になっているように思われます。

 例えば私の住んでいるニュージャージー州が典型なのですが、アメリカの場合は「外食と調理済み食品」には課税して、食材には課税しないというのが多数派です。その点に関しては、ライフスタイルとして定着してしまっています。例えば、牛乳やミネラルウォーターは非課税で、ジュース類も非課税ですが、すぐに飲める紙コップ入りの温かいコーヒーは課税とか、パンもハムもチーズも非課税だが、それらを組み合わせたサンドイッチは課税などというと、もしかしたら煩雑な印象を与えるかもしれませんが、住民には自然に受け止められています。

 例えば付加価値税の名のもとに17・5%という高率を適用してきた英国は、ついに今年から20%に税率をアップしていますが、依然として食料品は非課税です。破綻したギリシャの場合は消費税率を23%にアップしたために消費が減退したという議論もあるようですが、このギリシャでも食料品は半分以下の軽減税率になっていました。高税率で知られる北欧でも、食料品は軽減税率があります。

 では、どうして日本では「外食より内食が贅沢」というロジックが出てくるのでしょうか? この点に関しては、何となく居心地の悪さを感じてしまうのですが、それはともかく、そこには色々な原因があると思われます。

(1)外食や持ち帰り食が安すぎる。市場に出せる付加価値がついているのに内食の材料費と競争できるような価格設定の裏には、人件費の徹底的な抑制などデフレスパイラル要因になるような過度のコストカットがあるのでは?

(2)低所得層が超長時間労働を強いられている。出世を望まなければ自分の時間があるとか、所得は低いが家族との時間が持てる、というバランスが崩れている。その背景には、労働法制の欠陥により労使の力関係がコントロールできない現状があるのでは?

(3)単身者世帯が多く、食材を買って調理するという内食のスケールメリットが出ないからでは?

(4)農業の側や流通の利害もあって、最終消費者向けには高額な食材流通のルートばかりが残り、価格のこなれた食材は外食産業に回ってしまうからでは?

(5)家族があっても食事の時間はバラバラで、場合によっては食べるものもバラバラなので、外食や持ち帰り食の存在が大きくなるからでは?

 主要なものとしては、そんなところではないかと思われます。勿論、若年層の間にも「居酒屋より家で鍋料理」とか「昼食は自炊の弁当持参」といった流行もあるわけで、内食ということそのものが大幅に減っているわけではないと思います。ですが、こうしたケースを踏まえても、「家で料理するのは贅沢、コンビニ弁当や牛丼は庶民的」というイメージを引っくり返すところまでは来ていません。

 他国の場合はどうでしょう。例えば、アメリカの場合も「ファーストフードのハンバーガーやチキン料理」は異様に安い価格設定になっていて、貧困層は自分で調理するよりもそうした「ジャンクフード」に走って健康を害するという現象はあります。ですが、そこには食文化の貧困という問題や、メンタルな問題からの過食症など様々な問題が絡み合っているのです。ところが、日本の場合は、食文化や食習慣に関するそうした病的な要素はないわけで、やはり(1)に掲げたように外食が安すぎるという問題など、何となく居心地の悪い感覚があるのです。

 中国圏の場合は、近代に入ってからは共働きが主流になっており、平日には夜の7時8時に家族が繁華街で待ち合わせて外食で済ませるという傾向があります。ただ、彼等も週末や特に祝祭日には自分で調理して盛大なご馳走を楽しんだりするわけですし、外食そのものも極端なデフレになっているわけでもありません。そんなわけで、こちらの生活習慣に関してもそれほど不自然な感じはしません。

 ですが、現在の日本の「家で調理するほうが贅沢」という感覚にはやはり不自然な感じが残るのです。上に掲げた5つの点の中で(3)や(5)はライフスタイルの多様化の結果であり、社会の変化の方向性の結果であるという理解は可能です。ですが、基本的に口から食物を摂取しなくてはならない一方で、エサに人為的な加工を施さないと消化できない人間という生き物が、その最後の加工のプロセスまで全面的に貨幣経済という他者に依存してしまう、そして場合によってはその方が廉価で済むというのは、社会のありようとして、どうしても不自然に思えてならないのです。また(1)と(2)の問題というのは、社会的に改善が必要だとも言えるでしょう。ちなみに、(5)は(2)の反映だとも言えます。

 このあたりは、地方分権の中で「食料品の軽減税率」とか「非課税化」の実験をするような「州」が出てきてもいいのではと思います。その結果、税収はどうなるのか? 労働法制の縛りと生産性の関係は? 州民のライフスタイルはどうなるのか? 幸福度は? 自殺率の変化は? そうしたものを総合的に比較しながら様々な試行錯誤がされても良いのではないでしょうか。現在の日本は、確かに課題先進国家であり、因果関係の順番に従って現状まで来ている、そのことは否定しません。ですが、何でもかんでも全国一律にする必要はないように思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story