コラム

乱射事件で一変したアメリカ政界の「空気」とは?

2011年01月12日(水)12時15分

 8日にアリゾナで起きた乱射事件は、益々政治的な意味合いを持ちながら連日トップニュースとして報じられています。まず、頭部に銃創を負ったギフォーズ議員ですが、「問いかけに反応したり、自発呼吸も見られる」など現時点では一命を取りとめており、今後の回復にも希望が伝えられています。医師団の発表によれば「後頭部から侵入した銃弾が左脳エリア内を貫通した」ために脳幹の損傷がないことなど、多くの奇跡が重なっているのだそうです。この医師団もTVでは英雄になっていますし、また詳細な容態が発表されることで世論が狙撃犯と背後にある「過激な右派思想」への不快感を強めているように思います。

 10日には犠牲者を追悼し、頭部を撃たれたギフォーズ議員以下の重傷者の回復を祈る黙祷が国家の行事として行われたのですが、ホワイトハウスの前庭にオバマ夫妻が静かに歩み出て、鐘の音とともに黙祷を主導した儀式が全国中継されると共に、全国では一斉に半旗が掲げられました。この間、ワシントンでは静かに、しかし確実に政治的なモメンタムの変化が起こっています。まず「事件への怒り」があり、特に議員たちには「身の危険」への対応という動きがありました。その結果として、議会では議員の回復を祈る記帳の列が絶えない一方で、TVでは、かなり保守的なFOXに至るまで「暴力反対」のトーンでの論評一色になりました。

 犠牲者の中に「9・11のテロの日」に生まれていた9歳の少女が入っているというのも、事件をより深刻なイメージにしています。政治に興味を持ち、小学校の児童会の会長をやっていたという少女に、狙撃犯のラフナーは複数の銃弾を撃ち込んでいるのだそうです。こうした残虐性については、人々は「メンタルな問題」という解説では納得できない中、議論は意外な方向に発展しています。10日の月曜日のCBSラジオ、11日のCNNの論評などに見られるのは、「事件の犯人はメンタルな問題を抱えていた」のは確かだが「国内問題で激しい対立を煽り、政敵がまるで外国の手先であるかのような罵倒を繰り返すような言論」が「こうした人間を暴力に追い詰めた」というようなレトリックです。つまるところは「党派性に根ざした相手を全否定するような言論」が問題だというのです。

 実にまっとうな議論で、私はアメリカに18年住んでいますが、こんな正論は初めて聞いたというぐらいの正論です。ですが、そこには明らかに「ティーパーティー外し」あるいは「ペイリン外し」のモメンタムが脈打っています。表面的には「過激な意見に吸い寄せられた」狙撃犯のことを語りながら、そこには言外に「ティーパーティー」の、とりわけ彼等が「反オバマ」のデモをやっていた際の「オバマ=ヒットラー」のプラカード(彼等は強制的に医療保険に加入せよという政策を、そのぐらい嫌っているのですが)とか「オバマはアメリカ人ではない」「オバマはイスラム教徒」といった激しい言論に対する批判が入っているのは明らかです。更には、90年代からエスカレートした「保守系ラジオDJ」のカルチャーが元凶だとか、具体的にラッシュ・リンボーなどに対して「そのスタイル全てについての」批判も出てきているのです。

 通常はかなり中立的であるCNNなども、メイン・キャスターのジョン・キングや、ウォルフ・ブリッツアーなどをアリゾナに送り込んで最大限の扱いをしています。そのトーンは、狙撃犯個人の凶悪性よりも、背景にある政治的風土の問題を告発するというストーリーが主になっています。そんな中でクローズアップされているのは、前回のエントリでもお話した、ペイリン派による中間選挙での「落選ターゲットの地図」です。「サラパック」というペイリン支持団体のサイトが、中間選挙の際に掲載した地図なのですが、今回狙撃されたギフォーズ議員に「丸に二重線の照準を合わせた」標的マーク(クロスヘアー)のついた図柄は「これでもか」とばかり繰り返し紹介されています。

 本来ならこれに対抗すべきFOXなどの保守系メディアはどうしているかというと、「下院議員への暗殺企図」という衝撃的な事実の前に彼等も身動きが取れなくなっています。「この機会に右の過激な言動を一掃しよう」という中道=リベラル連合軍の「大合唱」に対して彼等は有効な反論はできていません。同じような言い方になってしまうか、せいぜいが「狙撃犯の若者は左右対立とは関係なく、ただ自分が中央政府の作っているシステム全体から疎外されている孤立感から凶行に走った」という「穏健な」解説を加えるぐらいなのです。こうしたレトリックでは、中道から左の人が聞けば「その勝手な孤立感が暴走するのは、右派全体の問題」という印象になってしまうのは避けられません。

 NBCのアンドレア・ミッチェル(グリーンスパン前FRB議長夫人)などは、かなり厳しくこの問題を追求しており11日のMSNBCの自分の番組の中では「過激な言論が反政府暴力を喚起しているのか?」というコーナーを作って識者にインタビューしていました。一方で若者に人気のコメディアン、ジョン・スチュワートなどは「過激な言論と暴力が関係あるというのは、俺には良く分かんねえ。でも、ヘビメタとコロンバイン事件の関係ぐらいという感じもするんだけど」という冷静な言い方をしています。

 思わぬことから「渦中の人」となったペイリンですが、現時点では、これに全く対応できていません。形式的な「お悔やみとお見舞い」のメッセージをフェイスブックに出し「暴力には反対です」という一言をツイートしただけで、一切沈黙を守っているのです。大問題になっている「標的の図柄」への反論もないまま、リベラルのメディアからは「ティーパーティー右派には暴力的な動きがある」などという「警戒警報」が出されたり、ジリジリと追い詰められているムードです。周囲からは「全く心外な批判を浴びて、怒りのあまり沈黙している」という解説もあるのですが、ここまでの「危機」に即応できていないというのは国家の指導者という「大志」を抱く人間としては相当にクエスチョンがつきます。

 そんな中、12日の水曜日に行われるアリゾナでの追悼集会にはオバマ大統領が出席してスピーチを行う予定です。FOXニュースのクリス・スタイワルトによれば「オバマはギフォーズ議員の容体安定に『希望』のメッセージを託すかもしれない」として、そうなればそれで良いとしながらも「万が一にもこの追悼スピーチを党派的な思惑で使ってはダメだ」とクギを刺しています。そうは言っても、恐らくオバマは年末以来の「超党派」路線を踏み外すことはないように思われ、そうなればまた政治的な「空気」は新しい方向へ動いていくことになるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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