コラム

イラクの後はアフガン、厭戦気分のアメリカのその先は?

2010年08月23日(月)11時08分

 先週はイラクからの戦闘部隊撤兵が大詰めを迎えたニュースが繰り返し報道され、イラク戦争については「一段落」というムードが広まりました。実際は5万人の米兵がイラク軍の訓練のために残るのですが、とりあえず戦闘部隊の撤収がこの8月末で完了することで、オバマ政権としては公約通り「イラク戦争を終わらせる」ことに成功したというイメージを与えることはできたようです。ちなみに、この点に関しては保守派の方も「任務を完了して、兵士が帰還するのだから結構」という受け止め方であり、リベラルの方が「悪い戦争が終わってよかった」という感想と見方は違え、撤兵を評価することでは共通しています。

 社会が「イラク戦争の終わり」を感じている一方で、AP通信社とマーケティングリサーチのGfK社が8月中旬に連合で行ったアフガニスタンの戦争に関する世論調査の結果が発表になっています。そのAPが伝えたところでは、オバマ政権による「アフガン増派戦略」を支持している人は38%で、3月時点の46%から大きく低下、また向こう1年間の戦況に関しては、「改善するだろう」が19%、「悪化する」が29%、「変わらず」が49%という結果が出ています。同じ質問に関して、昨年12月の調査では「改善するだろう」が31%あったことと比較すると大きな落ち込みです。

 では、今後アメリカはイラク同様に、アフガンでも撤兵へ向けて動き出すのでしょうか? 例えばオバマ大統領は、現在の増派(サージ)は2011年7月までで、この時点で撤兵を開始すると言っていますが、この来年7月というタイミングを待たずして、アフガンに関しても引き上げを開始するということがあり得るのでしょうか? この点を考える上で重要なのは、アフガンとイラクの2つの戦争は、同じようにブッシュの始めた戦争であっても、アメリカにおける政治的な意味は異なるということです。

 まず、イラク戦争と違って、アフガン戦争には「9・11の首謀者であるオサマ・ビンラディン」の引渡しを拒否してアメリカに正面から敵対したタリバンへの懲罰戦争という意味合いがあります。ですから、タリバンを壊滅させるか、あるいは降伏するか、そうでなければビンラディンの捕縛もしくは死亡が確認できるか、というケース以外では、アメリカは撤兵が難しいのです。では、戦況はどうかといえば、カンダハール攻防戦が思わぬ苦戦になっているように、山岳ゲリラ戦だけでなく都市ゲリラ戦でも米軍とNATO軍では大きな被害が出ています。戦術的にどうしてもタリバンを圧倒できていないのです。

 また、イラクのマリキ政権は選挙結果を受けて必ずしも安定してない中でも、曲がりなりにも親米政権として見えるのに対して、アフガンのカルザイ政権は、アメリカの同意なくタリバンの穏健勢力との取引に走ったり、最悪の場合はアメリカのコントロールを離れてどこへ行くか分からない雰囲気を漂わせています。昨日も、カルザイ大統領は「アメリカの傭兵はマフィア同然」と唐突な非難を開始しましたが、これもアメリカからの「政権周辺の腐敗批判」に対する反抗という見方がされています。

 それ以上に、政治的に重要なのは、アフガン戦争に関しては、オバマ大統領は大統領選挙の選挙戦の最中から「ブッシュがイラク戦争に向かったのは誤りで、アフガン戦争を重視すべき」だと訴え続けてきたことです。2009年11月に最終的に増派に踏み切ったのもオバマですし、アフガンというのは「オバマの戦争」になっているのです。ですから、政治的にはもう「ブッシュの始めた悪い戦争」だとはオバマは言えません。ということは、戦況の悪化を受けてアメリカの国内世論が厭戦に傾いたからといって、簡単には引けないのです。世論への慎重な根回しを抜きにして撤兵へと動けば、保守派からは敗北主義として厳しく追及を受けてしまうからです。

 更に言えば、イラクの場合は戦力が真空になったとしても、バース党の亡霊を警戒する以外には直ちに触手を伸ばしてくる外部の勢力はありませんが、アフガンの場合は既に中国とロシアが狙っているという事情もあります。ロシアは、アフガン領内を経て中国へと伸びるパイプラインで、中央アジアの石油と天然ガスを中国に売ることに興味があるようです。中国の方は、この可能性に加えて、アフガン領内に眠る金やレアメタルに大変な関心を示しています。まだまだ治安の安定しない中でも、中国の鉱業関係者が大勢アフガンに入っているとか、日用品の販売では中国製品がかなり入っているという情報もあり、アメリカとNATOがこの地域から逃げ出すと、そこには中ロが入ってくるというわけです。

 では、アメリカがパイプラインを使って、アフガン経由のエネルギー利権を獲得できないかというと、実はクリントン政権時代にタリバンを軟化させて承認し、アフガンからパキスタン領内へパイプラインを引いて、中央アジアの石油と天然ガスをカラチから海へ出す計画を真剣に検討したことがあります。結局は、タリバンの「正体」がアメリカの価値観とは相容れないことや、ビンラディンに近い勢力がアフリカでテロを繰り返したことでこの計画はご破算になっていますし、現在では、パキスタンの情勢を考えると非現実的です。

 そんな中、パキスタンは全土の4分の1が被害を受けたという未曾有の洪水被害で、国家的危機に直面しています。オバマとヒラリーは積極的に援助に動いていますが、パキスタン政府にはロシアを中心としたグループの方を頼る気配もあって、もしかしたら洪水からの復興の中で、パキスタン=アフガンの情勢は大きく変わってくるかもしれません。仮にそんな中で、オバマにとってアフガン政策が「なし崩し的に撤退へ」追い込まれるようですと、政治的には非常に大きなダメージになる可能性があります。ですが、オバマとヒラリーという政治の怪物はただでは転ばないでしょう。

 仮にアフガン=パキスタンでのアメリカの影響力が低下するような場合は、今度は南沙諸島での資源利権をかけて中国とのかなり緊迫した冷戦を戦うことで、安全保障面でのアメリカの国際社会におけるプレゼンスと、国内的な求心力維持を狙ってくるかもしれません。仮に、中国の経済成長が鈍化するようなことがあると、その危険度は増すようにも思います。もう1つ危険なのは、イエメンです。アルカイダ系の勢力の拠点があるとのことで、表向きは政府軍を支援するという口実の元、軍事的な行動を既にアメリカは模索しています。そんな中で、ゲイツ国防長官が2011年末までに勇退すると発表したウラには、自分の役割はイラクとアフガンの幕引きまで、という長官個人の意思があるのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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