コラム

外弁慶の日本アスリートたち、内向きの「喝」はスルーが勝ち?

2010年06月21日(月)12時47分

 ワールドカップ予選リーグが佳境を迎える一方で、野球のメジャーリーグは交流戦の真っ只中、バスケのNBAファイナルは実にドラマチックなレイカーズの連覇劇となるなど、この6月の後半は正にスポーツたけなわの季節というところです。アメリカで色々な中継を見たり、観戦をしたりしている私には、とりわけこの週末は日本人選手の活躍が目につきました。

 まず、W杯の予選第2戦のオランダ戦は、守りに徹して相手を精神的に追いつめた前半、先取された後にロスタイムに到るまで集中力が途切れなかった後半と、過去の日本A代表にはなかなか見られなかった輝きを感じるゲームでした。特に後半の1点を追う展開の中で、非常にポジティブな連携プレーが波動のように持続したあの時間は、日本も、日本人も変われるんだというような不思議な希望を抱かせる時間であったと思います。

 ゴルフも大変なもので、女子のLPGAでは私の地元ニュージャージーで行われた「ショップライト(私もいつも行っているスーパーマーケットです)・クラシック」で宮里藍選手が米本土でのトーナメント初優勝を遂げると共に、LPGAのランキング1位に躍り出ています。アメリカのメディアでは、既に引退した女王オチョアの後継者という言われ方をし始めているのです。男子の方は、石川遼選手が3日目・4日目に大きく崩れていますが、2日目までは「USオープン」の大舞台で2位につける活躍を見せています。

 石川選手の場合は、3日目にタイガーが猛チャージをかけてきたところで、その迫力に圧倒された側になってしまいましたが、一方でそのタイガーに立ち向かっていったグループもあるわけで、その辺の自己マインドコントロールについては、日本語のコミュニケーションを乗り越え、米英のプロたちの複雑な人間関係やゴルフ文化の「あうんの呼吸」の世界に入っていかないとダメなのでしょう。ですが、逆を言えば、それ以外の部分では頂点のすぐ下まで迫ったわけで、こちらも大したものです。

 私が感動したのは、ヤンキースのファンとしては多少悔しい面もあるのですが、読売ジャイアンツの左のエースの座から降りてゆくなかで、様々な人生のドラマを乗り越えてきたメッツの高橋尚成投手が、交流戦の異常な雰囲気の中でヤンキースを6回無失点に抑えて6勝目を飾ったシーンです。特に6回のウラに、連打されて2死満塁のピンチ、しかもバッターはその前の週末に「2試合連続満塁ホームラン」を記録しているポサダ選手という場面は見ごたえがありました。最後にポサダを三塁ゴロを打たせ、三塁のデビッド・ライト選手がファインプレーでアウトにしたシーンは、野球というスポーツの持つ最も味わい深い瞬間だったと思います。

 尚成投手は、1対ゼロというその時点で降板しましたが、野手との間に生まれた一体感はその後に3点のダメ押し点を産んでいます。ヤンキースファンにとっては複雑ですが、見事な試合ではあったと思います。何よりも、首脳陣の信頼を失って徐々に出番をなくしていったり、その一方で連勝して存在感を見せたりと、苦労が目立った過去2年のジャイアンツにおける尚成投手のことを思うと、感動的ですらありました。

 そう考えると、一部の日本人選手にとっては、厳しい視線に晒される日本国内よりも、海外の方が伸び伸びプレーができる、つまり「外弁慶」という傾向があるようにも思います。丁度、日本では楽天の岩隈投手が降板した後に逆転された試合について、ブラウン監督の采配ともども「エースは完投すべき」だという「喝!」を入れた張本勲氏の発言が問題になっています。私は、張本氏の日韓球界に対する貢献や、被爆者としての社会貢献などを考えると、同氏の存在は今でも球界の至宝だと思っています。あの正確無比なレベルスイングは、記憶の中では永遠だという思いもあります。

 ただ、複雑化した現代スポーツを大昔の精神論で論じたいという誤ったニーズは特定の世代を中心にあるわけで、そのために張本氏の「キャラ」をそうした需要にはめ込んで消費するというのは、何とも痛々しい感じがしてなりません。その一方で、そうした無責任な精神論が現役の選手たちにムダなプレッシャーとして作用しているということもあり、その反動で、どうしても海外に出た選手の方が「伸び伸びして」見えるということが起きてしまうように思います。「喝!」に代表される「内向き」の精神論などは「スルーしてサッサと海外へ」というわけです。

 とにかく、非常に複雑化し高度化した現代スポーツにおいて、妙な精神論や美学、あるいは精神論めいたネガティブな感情(例えばA代表は「ゼロ勝3敗で出直せ」という大会前の無責任な論評など)というのは、そのほとんどは邪魔なノイズに過ぎないのだと思います。日本人選手が「外弁慶」というのも度を越すとしたら妙な話であり、国内の「ノイズ」をどう減らすかを考える時期に来ているのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウクライナへの攻撃非難 対ロ「2次制裁

ワールド

イラン南部の港で大規模爆発、14人死亡 700人以

ビジネス

アングル:ドバイ「黄金の街」、金価格高騰で宝飾品需

ワールド

アングル:ミャンマー特殊詐欺拠点、衛星通信利用で「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 9
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story