コラム

メキシコ湾原油流出、オバマのダメージは?

2010年06月11日(金)11時22分

 メキシコ湾の原油流出事故は、発生から50日が経過しました。漏出を抑えるために様々な手段が講じられましたが、全て失敗しており、一部の回収には成功したものの、漏出の勢いは止まりません。原油の帯は、メキシコ湾からフロリダ半島周辺の複雑な海流に乗ってしまい、フロリダ東岸からカロライナ、更には遠くニューヨーク州のロングアイランドまで到達するのも時間の問題と言われています。現時点では、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ、フロリダで顕著な被害が出ています。

 流出現場に近い、ルイジアナ州のミシシッピ川三角州では事故直後から、必死にオイルフェンスを築いていたのですが現在では自然の宝庫とされる三角州地帯にどんどん原油が流れ込んでいます。目立っているのがペリカンなどの鳥類や、カメの被害で、原油で真っ黒になったペリカン、油まみれの無残な亀の死骸といった映像は、毎日のようにTVニュースで流れているのです。

 湿地帯に入り込んだ原油は、掃除機のようなポンプで吸い込むなどといった手作業で取り除くしかなく、大勢の人々が人海戦術で対応しています。それを指揮しているのが、ルイジアナ州のボビー・ジンデル知事で、TVレポーターの「こんなポンプみたいなローテクで意味があるんですか?」という心ない質問に対して「これでもハイテクなんです。コツコツやるしかない」と睨みつけていました。彼の必死の形相は、宮崎県の東国原知事と全く同じ表情でした。

 漏出を止めるために事故直後から、様々な「作戦」が試みられています。大型の「フタ」をしてそこから原油を汲み上げる作戦は、結晶化した成分が「目詰まり」して失敗、逆に小型化した「フタ」も浮き上がってしまいダメ、セメントを流し込む作戦も失敗ということで、現在は油田の奥深くに別のパイプを掘り、そこから原油を汲み上げて漏出箇所の圧力を下げてから金属のフタをするという作業が続けられています。

 当初は情報公開が遅いとか透明性がないという批判を浴びたBP社は、漏出箇所に海底カメラを設置してリアルタイムで原油漏れの状況を全世界に配信しています。これが先週あたりからHD画像になっており、CNBCなどニュース専門局は一日中リアルタイムで「漏出状況の画像」を画面に出しているのですが、とにかくどす黒い原油が勢い良く噴き出している画をずっと見ていると暗澹とした気持ちになってきます。

 9日には、BP社の株が暴落して、事故前の半分の水準まで下げましたが、これは賠償責任が拡大した場合にはBPの資産を全て処分しても対応不能になる、つまりBPが破産するという可能性が取り沙汰されはじめたのが理由です。10日のNBC朝の「トゥディ」にはCNBCのトリシャ・レーガンが出てきて「破産の可能性は40%から60%」という説明をするなど、BPを取り巻く状況は更に緊迫してきています。

 問題は、深海の更に海底の高深度にある油田からの噴出圧力を甘く見たという一点に尽きます。事故を起こした油田は、そもそも海底まで1500メートルという深海から更に3000メートルの地底へと深く掘って、ようやく掘り当てたものです。そんな大深度の油田というのは、ものすごい圧力を持っているのです。報道によれば、地表の気圧の1000倍前後という猛烈な圧力で噴き出しているようです。この圧力に対して、安全対策も十分でなければ、流出を止める技術も確立されていなかったというわけです。

 さて、今週はそんなわけでBP社に法律上の上限を越えて損害賠償と、原油回収コストの負担をさせる動きとなっているのですが、被害がこれだけの規模となり、しかも流出を止める作業にメドが立っていないことから、徐々にオバマ大統領の立場が悪化してきています。事故直後は冗談めかして言われていた「オバマにとってのカトリーナ」という比喩が、ジワジワと「洒落にならない」ような雰囲気になっているのです。とにかくオバマ大統領は、民主党の方針である「環境懸念のため沖合油田開発には反対」という立場に反して「中道路線」としての「掘削推進派」だったわけで、この点が政治的に問題になっているのです。

 その大統領は先週は激しくBPを非難したかと思うと、今週は最初の爆発事故で亡くなった犠牲者の遺族を慰問するなど、批判が自分に向かないように必死です。ですが、ここへ来て共和党の中に新しい動きが出てきました。沖合油田掘削の「超推進派」である「ティーパーティー」だけが元気であれば、オバマとしては怖くないのですが、「ティーパーティー」とは一線を画したIT長者の女性軍団が突如としてカリフォルニアで旋風を巻き起こしています。前回お話した、カーリー・フィオリーナ元HP会長と、メグ・ウィットマン元イーベイ会長は、共に上院と知事の予備選を制して政治的に急浮上してきています。彼女らが、オバマの「失態」を攻撃してくるようですと、政局は分からなくなるかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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