コラム

「米兵家族の犯罪」の絶望的な暗さ

2009年12月07日(月)11時58分

 ここ数日、東京都福生市にある米空軍横田基地に住む、米兵の家族への殺人未遂容疑での逮捕状執行の問題が大きく報道されているようです。家族というのは実際は4人の10代の少年少女で、8月に武蔵村山市の市道で、午後11時過ぎにミニバイクで走行中の女性を、ロープで引っ掛けて転倒させて重症を負わせたというのが容疑です。事実であれば大変に悪質で、殺人未遂という容疑は当然でしょう。当初、米軍は日本の警察当局の身柄引き渡し請求を拒否していたようですが、沖縄をめぐる日本の世論に配慮したのか一転して逮捕が執行されたようです。

 ロープでバイクを引っ掛けるというと、騒音被害に怒った住民が暴走族をターゲットにした事件が思い出されます。何ともイヤな事件ですが、今回のものは仮に報道されている容疑が真実であるとするならば、全く無差別的に走行しているミニバイクを転倒させようとしたわけで、暴走族を転倒させた事件とは次元の違うイヤなエピソードだと思います。何よりも、私には米兵の10代の子どもたちがこうした犯罪に手を染めたというのがショックです。

 国際化の時代です。例えば、日本からアメリカに多くの駐在員が赴任していますが、その家族の多くは現地校に通っています。つまり、アメリカの普通の学校に行ってアメリカ人と一緒に勉強しているのです。また、家族によっては日本と同じように日本語の教育を選択する場合があって、そのための全日制日本人学校というものもあります。ですが、全日制に通っていても、現地の子供との交流行事もありますし、コミュニティ活動や地域のスポーツ活動などを通じてアメリカの社会に溶け込んでいます。

 アメリカから日本への企業駐在員の場合も、子供たちはインターナショナルスクールという「全日制英語学校」に属していても、そこで日本語教育を受けたり、日本人との交流はあります。インターナショナルスクール自体にも、日本人の子供達がいるということもありますし、また、昨今はアメリカの「日本文化ブーム」がありますから、アメリカ人駐在員の子どもたちが「アキハバラ」の探検にでかけたり、いろいろな形で日本を体験することができると思います。アメリカから日本に観光に来る家族も多くなっています。昨今は経済事情と為替の問題があるために下火ですが、状況が好転すれば築地や六本木、そして秋葉原には多くのアメリカ人観光客が訪れるでしょう。

 ですが、この横田に住む少年少女の場合は違ったのだと思います。恐らくは好きで日本に来たわけではないこと、そして基地の中では「100%アメリカの生活」があり、一歩基地を出ると英語の通じない異文化がある、その環境を決して幸福とは思っていなかったのでしょう。その鬱屈した感情が、基地の外へ出ての日本人に対する無差別なイタズラ、しかももしかしたら人の生命を奪っていたかもしれない悪質な行為に手を染めさせたのだと思います。

 更にいえば、横田基地内の少年少女たちのカルチャーには、日本文化に興味を持つことよりも、米国本土から「遠く離れた土地に送られた」という孤立感や隔絶感のようなネガティブなものがあるのかもしれません。だとしたら、それは次の3つの要素から成り立っているのだと思います。1つには、基地として現地のカルチャーやコミュニティに対して尊敬心と親近感を持つ風土作りが不十分だということです。そもそも、在日米軍というのは日本の防衛のためにあるのであって、その在日米軍兵士とその家族が日本ないし日本文化に尊敬と親しみをもっていないというのは本末転倒です。基地に対して厳重に抗議すべきだと思います。

 第2には、もしかしたら民間の駐在員や旅行者と比べると、外国であるとか異文化への適応能力が低い人々が兵士として送られているのではという問題があります。ですが、これは言い訳にはなりません。第1の点として述べたように、仮に異文化が苦手な家族が多く送られてきているのなら、余計に日本文化の紹介や日本のコミュニティとの交流の努力を増やして、何が何でも親日家にしなくてはなりません。

 第3の問題は、日本側にある基地への嫌悪感です。全体としての在日米軍を否定するという政治的な立場はあって良いと思います。ですが、かつて神奈川県で米兵の家族宿舎を建設するかどうかといった問題で、猛烈な反対運動が起きたように、米軍を嫌悪する余りに、1人ひとりの米兵やその家族まで敵視するというのは異常だと思います。今回の事件で「基地がある限りこうした痛みは消えない」などという報道が繰り返されていますが、おかしな話です。友好国の家族が、仕事の関係で駐在していて、たまたまその子どもが一般の日本人に危害を加えるような行動をしたということは、個別の問題として許せない異常事態なのであって、それが常態だろうから、そもそも大規模な駐在を止めよというのは、イデオロギー的な発言としても妙な話です。そうした雰囲気が「基地の外」で蔓延すれば、基地の中の人には更に「日本嫌い」が広がるでしょう。

 とにかく、友好国に相互防衛のために来ている兵士やその家族が、日本人や日本文化に畏敬の念が足りない、その一方で日本人の側は「そもそも軍隊は人殺しなのだからそんなものだ」という解説を加える、その全体像が病んでいるとしか言いようがありません。基地の司令官にも、反基地の政治運動家にも猛省を求めたいと思います。沖縄の問題は、その構図がもっと拡大して深刻化しているのだと思いますが、解決の方向性はやはりそうした相互の畏敬心の構築ということなのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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