コラム

保守とリベラルの女性像さまざま

2009年05月20日(水)14時03分

 4月19日に行われた「ミスUSA」コンテストの最終審査で、ミス・カリフォルニアのキャリー・プレジャーンさんが「同性間の結婚」を否定する発言を行った事件は、5月上旬までアメリカのメディアを騒がせました。まず、恐らくはこの発言のためにプレジャーンさんはミスUSAの栄冠を逃し、2位に終わりましたし、更に過去の「セミヌード写真」が暴露されるということがあり、このためにミス・カリフォルニアの称号も剥奪すべきというバッシングが起きたのです。

 結果的には、一部の「写真」が捏造ということが判明したのと、大会を主宰している「不動産王」のドナルド・トランプ氏が彼女の発言を支持したことで、称号の剥奪という事態は回避されていますが、このプレジャーンさんの発言が騒動になったのには、色々な要素があります。まず、オバマ大統領の時代になったことで、社会の雰囲気に大きな「揺り戻し」が起きる中で、ブッシュ政権時代の保守的な文化を一掃したいという「気分」がありました。それ以前の問題として「同性愛者の人権」がどんどん認知されるという動きがあります。

 この「発言」は、有名なブロガーの「ペレス・ヒルトン」氏(某モデル兼女優の名前をパロディにしたハンドルネーム)の質問に答える形で「起きた」のですが、プレジャーンさんはヒルトン氏の「挑発」に見事に乗ってしまっただけでなく、直後から「FOXニュース」などの保守的なメディアで「自分は正直に信念を話しただけ」であるとか「私はカリフォルニア州の住民投票の結果を代弁している」あるいは「(前)合衆国大統領の見解と同じ意見を言うのがどうして問題になるのか」といった発言を繰り返したのです。

 こうした姿勢がリベラル派の怒りに火をつけ、ありとあらゆるメディアが大騒ぎをしたのですが、プレジャーンさんの立場を擁護した保守メディアの方も「オバマ時代だからといって黙ってはいない」とばかりに反撃を続け、お互いに「精一杯言いたいことが言えた」ようです。また、プレジャーンさん自身も「この件では胸を張ってゆくしかない」と発言にブレを見せることもなかったですし、挑発に成功したヒルトン氏も一気に有名になるなど、全体として陽性の論争に終始しました。トランプ氏の「裁定」も超有名人の「お人柄」ということもあって、事態を沈静化させるということでは、うまく行ったと言えるでしょう。

 さて、このプレジャーンさんというのは自他共に認める福音派です。アメリカの宗教保守を代表する福音派の女性というと、敬虔なクリスチャンであり、そんな女性が公衆の面前で「政治的な論争」に加わったり、人前で肌を晒したりするというのは奇異に感じられるかもしれません。日本や韓国、あるいはヨーロッパ的な感性からすればそういうことになるのかもしれませんが、アメリカ保守派の女性パワーというのは実は違うのです。

 リベラルの主張は、女性の権利は男性と全く同様に保障されなくてはならないし、同性愛者の権利も尊重すべきという立場です。そのためには「公的な」空間では女性と男性という「ジェンダー」の区別を消し去るのが良いとされます。例えば、昨年の大統領予備選でヒラリー・クリントン候補(現国務長官)に対しては、運動の中に「女性的な語り口」や「華やかな服装」といった要素を持ち込んだという批判が民主党内では起きています。彼等の多くは今回の騒動の舞台となった「ミスコン」そのものにも反対しています。

 これに対して、保守派の価値観からすると、女性は女性としての魅力を最大限にアピールすることは全く構わないのです。例えば、昨年の大統領予備選で副大統領候補として話題になったサラ・ペイリン女史(アラスカ州知事)が真っ赤なファッションに身を包んで遊説した姿は、アメリカの保守カルチャーからすると全く自然なのです。

 そのルーツは、例えば映画『風と共に去りぬ』のヒロイン、スカーレット・オハラあたりに求めることができます。自分の感情のままに行動し、時には叫んだり泣き喚いたりしながら華やかな世界を追い求めつつ、逆境にあっては大変な生命力を発揮する、そんな女性像です。ペイリン知事も、今回のプレジャーンさんも、良くも悪くもそんなイメージに重なってくるところがあります。実は『風と共に去りぬ』という映画は、奴隷制度を肯定的に描く視点が残っているために、アメリカでは「いつお蔵入りになってもおかしくない」という扱いがされているのですが、それでもDVDなどの販売が続いているのは、このスカーレットという女性像が余りにも魅力的に描かれているからだと思います。

 では、作品の中でスカーレットの対極として描かれているメラニー(オリビア・デ・ハビランドも名演でした)というキャラクターはどうなのでしょう。あらゆる人に包容力と優しさを示す慎み深い女性で、実は芯の強さを持ちながらそれは深く秘めている、正に19世紀の「淑女」という女性像です。この「淑女」という女性像は、実は現代にも生存しているのです。それも、保守ではなく、どちらかといえばリベラルのカルチャーの中に生き残っています。例えば、メリル・ストリープが演ずる母親像(例えば『母の眠り』)などが良い例ですし、ストリープ本人にもそうしたイメージがあります。政界では、アル・ゴア元副大統領夫人のティッパー・ゴア女史などもそうでしょう。

 今ファーストレディとして大変な人気を獲得しているミシェル・オバマ夫人については、政治的発言を避けているとか、富裕層のカルチャーに染まっているという批判もありますが、実はこうしたアメリカ「淑女」の伝統に従っているという見方も可能なのです。そのミシェル夫人は、今週はニューヨークに現れて「メトロポリタン美術館」のアメリカ美術展示コーナーの開所式に臨んだと思うと、「メトロポリタン歌劇場」でバレエの式典にも参加、正に「淑女」イメージを振りまいていました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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