プレスリリース

芝浦工大がナフタレンを認識するカラーセンサーを開発 ナフタレンの環境汚染対策に有望なアプローチを提供

2025年04月01日(火)11時15分
芝浦工業大学(東京都江東区/学長 山田 純)工学部・堀 顕子教授(分子集合学研究室)らの研究チームは、環境汚染の規制対象とされるナフタレンを視覚的に認識できる手軽なカラーセンサーを開発しました。

ナフタレンは防虫剤等に使われる化合物であり、石油や石炭の精製過程で生じ、さまざまな化合物への原料になります。その一方で、環境省により基準が定められている大気圏や水圏の汚染物質であり検出対象とされています。そのため、ナフタレンのみを簡単に検出できるカラーセンサーの開発は次世代の分子認識材料として注目を集めています。今回、電荷移動発色団をもつ有機化合物の合成研究から、ろ紙上及び水中のナフタレンだけを簡便かつ素早く認識し、色が青から赤に変わることを見出しました。

今後も環境保全に向けて化学物質の追跡と検出ができるようこの技術を活用していきます。

※この研究成果は、「Chemistry - A European Journal」誌のオンライン版に掲載されています。


■ポイント
・ナフタレンは有用な反面、環境汚染物質として検出対象
・新規分子内電荷移動化合物の合成から、ナフタレンを選択的に認識して色が変わるカラーセンサーを開発することに成功
・水中や食塩水中の微量なナフタレンも検出可能
・環境保全に向けた分析技術の有望なアプローチとなる可能性がある

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/431698/LL_img_431698_1.png
図_a)合成した化合物の分子構造及びb)ろ紙上での色の可逆的変化

■研究の背景
ナフタレンは、工業用途や化学製品で広く使われています。しかしながら、揮発性が高いため大気圏に拡散しやすく、水圏にも溶け込むことが知られています。長期間の暴露によって健康に悪影響を及ぼす可能性があり、環境中のナフタレンを正確に検出する技術が求められています。とりわけ質量分析計などの大型の装置を必要としない簡単かつ迅速な検出法の開発は、より安全な自然環境を保つために必要不可欠です。分子構造や性質が似た物質と組み合わせても明確に目的物を識別する検出法の確立、水やイオン、有機溶剤などの影響を受けずに、狙った化合物だけに反応するカラーセンサーの開発は学術的にも新しく、持続可能な社会の実現に向けて必要とされています。


■研究の概要
研究チームはナフタレンの検出に向けて、窒素を含む新しい分子(ピラジナセン誘導体)を開発し、ナフタレンと出会うと色が変化する仕組みを発見しました。この分子は、電子を受け取りやすい性質を持つピラジナセン(アクセプター)と、電子を与えやすいトリフェニルアミン(ドナー)を組み合わせた、炭素、水素、窒素だけで構成された有機化合物です。この分子は単独で分子内電荷移動(ICT)により青色を示します。一般的な水や有機溶剤をかけても色は変わりませんが、この化合物を塗布したろ紙にナフタレン溶液を一滴落とすと、ピラジナセン部位がナフタレンを認識し(π-hole…π相互作用)、分子内よりも分子間で電荷移動(CT)が発生し、赤紫色へと変化します。
この研究では独立した2種類の分子内電荷移動(ICT)と分子間電荷移動(CT)が巧みに組み合わさることで、ナフタレンの検出が可能になっています。

さらに、今回の研究では水中や食塩水中でのナフタレン検出についても調べました。ナフタレンは水溶性を示すため水中でのナフタレン認識は重要な課題ですが、一般的な分子認識(分子が特定の物質を認識する仕組み)において、水溶液中では大量に存在する水の影響で微量分子の検出が難しいとされています。今回の方法では水溶液中に溶けた微量のナフタレンであってもこの化合物と共存させることで赤紫色の結晶の析出が見られ、水からの分離と、色で検出できることが分かりました。また繰り返しの実験にも性能が落ちることがなく、合成されたピラジナセン誘導体がナフタレンを認識するカラーセンサーとして有用であることが明らかになりました。


■今後の展望
今回の発見は、ナフタレンだけを手軽に検出できる新しい技術の第一歩です。またICTとCTを組み合わせた新しい学術領域を拓きます。今後は、この仕組みをさらに発展させ、テーラーメイド型の物質認識法を確立し、環境保全や健康リスクの管理に貢献します。誰もが簡単に使える環境モニタリング技術を有機合成と分子認識の学理から追求していきます。


■研究助成
本研究は、JSPS 科研費23K21122および24K08401の助成を受けたものです。


■論文情報
・著者
芝浦工業大学理工学研究科応用化学専攻 中田 和志
芝浦工業大学工学部 准教授 ゲーリー ジェームズ リチャーズ
芝浦工業大学工学部 教授 堀 顕子
・論文名
Colorimetric Detection of Naphthalene Enabled by Intra- to Intermolecular Charge Transfer Interplay Induced by π-hole…π Interactions of a TPA-Attached Pyrazinacene
・掲載誌
Chemistry - A European Journal
・DOI
10.1002/chem.202404487
・URL
https://chemistry-europe.onlinelibrary.wiley.com/toc/15213765/2025/31/18


■芝浦工業大学とは
工学部/システム理工学部/デザイン工学部/建築学部/大学院理工学研究科
https://www.shibaura-it.ac.jp/

理工系大学として日本屈指の学生海外派遣数を誇るグローバル教育と、多くの学生が参画する産学連携の研究活動が特長の大学です。東京都(豊洲)と埼玉県(大宮)に2つのキャンパス、4学部1研究科を有し、約9,500人の学生と約300人の専任教員が所属。2024年には工学部が学科制から課程制に移行。2025年にデザイン工学部、2026年にはシステム理工学部で教育体制を再編し、新しい理工学教育のあり方を追求していきます。創立100周年を迎える2027年にはアジア工科系大学トップ10を目指し、教育研究・社会貢献に取り組んでいます。


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プレスリリース提供元:@Press
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