ルーマニアの裏側......映画『ヨーロッパ新世紀』が映し出す政治文化と民族対立
クリスティアン・ムンジウの新作『ヨーロッパ新世紀』
<ルーマニアのトランシルヴァニアの村を舞台に、言語、民族、政治文化の複雑な絡み合いを描いた作品。原題「R.M.N.」の謎を解き明かしながら、映画はコミュニティの内部と外部、個人と集団、そして過去と現在の間で繰り広げられる葛藤と和解の物語を展開する......>
以前、『エリザのために』(2016)を取り上げたルーマニアの異才クリスティアン・ムンジウの新作『ヨーロッパ新世紀』には、「R.M.N.」という謎めいた原題がつけられている。プレスによれば、これは体内の状態を検査する装置の略称で、日本語ではMRIになる。本作には脳を検査した画像も実際に登場するが、この原題が意味するものはそれだけではないだろう。
謎めいた原題とその意味
ルーマニアのトランシルヴァニアを舞台にした本作には、あるコミュニティを肉体に見立て、その表面からは見えないものをスキャンするような視点が埋め込まれている。そのために重要な役割を果たすのが言語だ。本作では複数の言語が飛び交い、字幕は、ルーマニア語が白、ハンガリー語が黄色、その他の言語(ドイツ語、英語、フランス語)がピンクに色分けされている。
映画の言語とコミュニティ
舞台になる村は、鉱山の閉鎖によって経済的に疲弊している。物語は、出稼ぎ先のドイツで暴力沙汰を起こした粗野な男マティアスが、村に戻ってくるところから始まる。しかし、妻との関係は冷めきり、幼い息子は森でなにか得体の知れないものを目にして口がきけなくなり、牧羊を営む高齢の父親は病気で衰弱していた。悩みが尽きないマティアスは、元恋人のシーラに心の安らぎを求める。
ところが、シーラが経営を任されている地元のパン工場が、スリランカからの外国人労働者を迎え入れたことをきっかけに、よそ者の存在を嫌悪する村人たちとの間に不穏な空気が流れ出す。そんな軋轢はやがて村全体を揺るがす対立へと発展し、シーラとマティアスもそれぞれに難しい選択を迫られていく。村にはルーマニア人の他に、少数派のハンガリー人、さらに少数派のドイツ人が暮らし、クマを保護するフランスのNGOのメンバーが滞在し、スリランカ人がやってくる。そのためドラマでは複数の言語が飛び交う。主人公であるマティアスはドイツ人で、シーラはハンガリー人だ。
村の対立と民族の複雑な関係
村人たちの対立が表面化する後半には、外国人労働者の問題について話し合う集会が開かれる場面がある。そこで村長は、「平和な村で、90年代以降、民族紛争はありません」と語る。ではそれ以前、チャウシェスク独裁の時代はどうだったのか。
『エリザのために』を取り上げたときにも参照した政治学者ジョゼフ・ロスチャイルドの『現代東欧史 多様性への回帰』には、以下のように説明されている。
「それでもチャウシェスクは1980年代末まで清算を免れた。これは、社会を黙らせて個々ばらばらにし、教会の弱さと従順を利用し、労働者と農民、労働者とインテリゲンチア、ルーマニア人と少数民族(おもにハンガリー人とロマ)、軍と警察、国家機構と党機構、これら官僚と自分の一族、その他を相互に、またそれぞれの内部で反目させる、彼の戦術の巧みさのおかげだった」
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