コラム

2014年の侵略戦争のはじまりと、2025年の近未来、ウクライナの悲劇を描く2作

2022年06月24日(金)15時02分

ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督『アトランティス』(2019)

<ウクライナのヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督の2作品では、ロシアの侵攻によって起こった戦争の悲劇が、それぞれ独自の視点で掘り下げられていく......>

ドキュメンタリーから劇映画へと進出したウクライナのヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督の2作品『アトランティス』(2019)と『リフレクション』(2021)では、ロシアの侵攻によって起こった戦争の悲劇が、それぞれに独自の視点で掘り下げられていく。

『アトランティス』の舞台は、戦争終結から1年が経過した2025年のウクライナ東部という近未来に設定されている。約10年に及ぶ戦争で土地は荒廃している。家族を亡くし、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ元兵士セルヒーは、共に戦った唯一の友人イワンが自殺し、働いていた製鉄所の閉鎖が決まる。

行く当てもない彼は、水源が汚染された地域に水を運ぶトラック運転手になり、車の故障で立ち往生していたカティアと出会う。彼女はブラック・チューリップというボランティア団体に属し、兵士の遺体発掘、回収作業に従事していた。セルヒーはその団体の活動に参加し、カティアと行動を共にするようになり、生きることと向き合っていく。

『リフレクション』では、ロシアがクリミア半島に侵攻し、ドンバス紛争が始まった2014年の首都キーウと東部戦線が舞台になる。主人公はキーウに暮らす外科医セルヒー。彼が勤める病院にも東部戦線から次々に負傷兵が搬送されてくる。彼の娘ポリーナは別れた妻と暮らし、妻の新たなパートナー、アンドリーも兵士として東部戦線で戦っていた。

セルヒーは兵士たちの命を救いたい一心で従軍医師となるが、東部戦線で人民共和国軍に捕らえられ、捕虜収容所で悪夢のような体験をする。やがて捕虜交換によってキーウに帰還した彼は、戦場で消息不明となったアンドリーの身を案じるポリーナを支え、失われた日常を取り戻そうとするが...。

もともと写真に興味を持ち、撮影監督を出発点にキャリアを積み重ねてきたヴァシャノヴィチは、ワンシーン・ワンカットの長回しやシンメトリーを基調とした構図によって、独特の空間を切り拓く。『アトランティス』の冒頭と終盤には、サーモグラフィー・カメラを使った映像も盛り込まれている。

ドキュメンタリーを意識した視点

そして、そうしたスタイルと深く結びついているのが、ドキュメンタリーを意識した視点だ。

ヴァシャノヴィチによれば、『アトランティス』に描かれる兵士の遺体の発掘、回収に取り組む団体は実際に存在し、その団体と密接に連絡を取り合い、映画にも参加しているという。だから、運ばれた遺体の状態を検証したり、発掘の現場で回収の作業をする場面が、長回しとも相まって実際の活動を記録しているかのように見える。

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『リフレクション』(2021)


『リフレクション』に描かれる捕虜収容所については、スタニスラフ・アセーエフなど収容所を知る人間がコンサルタントを務めている。アセーエフは、ラジオ・リバティーのウクライナ支部で活動していたジャーナリストで、捕虜収容所で2年半過ごし、捕虜交換によって帰還を果たした。

映画に再現された収容所は、主人公の立場とも相まって、以前にコラムで取り上げたネメシュ・ラースロー監督の『サウルの息子』を思い出させる。主人公のサウルは、ハンガリー系ユダヤ人で、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所でゾンダーコマンドとして働いている。ゾンダーコマンドとは、ナチスが選抜し、数か月の延命と引き換えに、同胞のユダヤ人の遺体処理に従事する特殊部隊のことだ。

『リフレクション』では、捕虜になったセルヒーが外科医だとわかったため、拷問を受けた後、所長の命令で、拷問された兵士の生死の確認や遺体処理に従事することになる。彼は兵士の遺体を移動式火葬車まで運び、運転手とともにそれを処理する。彼は独房で自殺を図ろうとするが、死ぬことはできない。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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