80年代のマフィア戦争から歴史的な大裁判、『シチリアーノ 裏切りの美学』
70年代以降のマフィアの変化
一方、国際情勢の変化も影響を及ぼす。冷戦の終結によって、イタリアやアメリカの政府は、共産主義に対する防壁としてシチリアの組織犯罪を容認するのを正当化することができなくなった。本作の終盤には、マフィアと深い関係があった元首相ジュリオ・アンドレオッティの裁判にブシェッタが証人として出廷する場面があるが、それはこの変化と無関係ではない。
主人公ブシェッタは、こうした歴史の大きなうねりのなかに存在し、彼の裏切りがなければ、その後の歴史は、ひとつの時代が終わりを告げるにしても、かなり違ったものになっていたかもしれない。
さらに、もうひとつ付け加えるなら、シチリア社会と国際情勢だけでなく、マフィアそのものも変化していた。伝統的なマフィアは、公的機関と持ちつ持たれつの関係を築いてきたが、新興マフィアは70年代末を分岐点として、麻薬の捜査をする警官や腐敗した公共事業を正そうとする政治家も次々と殺害するようになった。その犠牲者には、ファルコーネ判事の上司も含まれている。
そういう意味では、家族を殺されたブシェッタとファルコーネが接近してもおかしくないが、そのためには、コーザ・ノストラに忠誠の誓いを立てたブシェッタが、一線を越えなければならない。ブラジルでどんな拷問を受けても沈黙を守った彼が、なぜファルコーネの前で証言を始めるのか。ベロッキオの解釈は、本作の見所になる。
先述したようにブラジルで自殺を図ったブシェッタは、イタリアの警察署でも階段から下を覗き込むなど、命を絶つ機会をうかがっているように見える。殺された家族の幻影や悪夢に悩まされ、不安定になっている。そして、死ぬことを断念したかのように語り出すが、注目したいのはその次の聴取で空気が変わることだ。
ブシェッタはいきなり、若い頃に支部長から初めて殺しを命じられたときのことを話しだす。相手の男は、ブシェッタが執行人だと気づくと、とっさに洗礼式を終えた幼子を抱きかかえてその場を逃れ、それ以来何年もずっと子供と行動をともにするようになった。そんな話を通して、昔のマフィアは子供には手を出さず、倫理観があったことを伝えようとする。
この場面には、様々な意味を読み取ることができる。ファルコーネは、「名誉ある男達は殺しも盗みもしなかった? 凶悪犯罪を続けた旧マフィアを美化する伝説だ」と断じ、昔話を一蹴する。そこには、先述したパレルモ社会の変化が表れている。ブシェッタもおそらく、マフィアがシチリアの運命だった時代が終わろうとしていることを感じている。
ブシェッタのなかに昔話が残り続ける意味
だが、それだけではない。ベロッキオは、この昔話をわざわざ映像でも再現し、しかもその結末をラストまで引き伸ばしている。この昔話はおそらくベロッキオの創作だろう。なぜなら、南米やアメリカなど各地を転々とすることになるブシェッタが、何年もの間パレルモで標的に張り付いているというのは現実的ではないからだ。
この昔話は、それだけであれば不自然さすら感じるが、本作の構成や表現にはしっくりとはまっていく。
たとえば、前半でパレルモ派のメンバーが殺害されていく場面との繋がりだ。ブシェッタの盟友ボンターデが車で移動しているときに、突然、画面の左下に「35」という数字が表示され、その数字が秒を刻むように増えていき、赤信号で停止した彼が銃撃され、息絶える瞬間に「54」で止まり、その横にボンターデの名前が浮かび上がる。そんな描写の積み重ねと、死に至る時間が引き伸ばされていく昔話がコントラストを生み出す。
さらに、この昔話は、ブシェッタから息子たちのことを託されながらコルレオーネ派に寝返るカロやオメルタを破ったことで命を狙われる不安に苛まれつづけるブシェッタ自身とも結びつく。
しかし、ファルコーネに一蹴されても、ブシェッタのなかに昔話が残り続けるのには、別の意味があるように思える。彼はファルコーネに、「私はコーザ・ノストラに忠誠を誓った。40年以上前、かつての組織に。子供の頃だ」と語っている。
彼が忠誠を誓ったのは、すでに失われた組織であり、だからこそ終盤の法廷で、コルレオーネ派のボス、リイナと対決するときに、彼のことを「コーザ・ノストラを殺した男」と呼ぶのだろう。ちなみに、ベロッキオは、一斉検挙されるマフィアたちを、暗闇に潜むネズミの群れに、警察に捕らえられるリイナを、檻のなかで動き回るハイエナに重ねている。
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