コラム

中央銀行は馬鹿なのか

2016年05月02日(月)12時22分

 思い出した。この間抜けな彼は、相場のことは全く知らず、ひたすら郵貯に貯金だけをしているが、経済学者としては立派な奴だった。彼は経済をよく分かっている。彼は、相場の素人、経済のプロ。彼の間抜けな質問とは、偉大なる素人の素朴な疑問、いや経済理論上はもっともオーソドックスな質問だった。

 では、金融緩和はなぜ効果があるのか。なぜ追加緩和で株高、円安になるのか。

 答えは簡単だ。金融市場は馬鹿だからだ。

 もう少し丁寧に言うと、トレーダーや投資家達は、実体経済とは無関係に金融市場で資産の値付けを行っており、彼らの論理で相場は動く。行動ファイナンスの唯一の原理とも言える、買うから上がるのだ。つまり、金融緩和をすれば、彼らは株を買い、円を売る。だから株高円安になる。事前には、その流れを期待して、先に株を買い、円を売る。今回の日銀の政策会合前に、このようなポジションを膨らませたヘッジファンドも多かったらしい。まさに彼らが、会合前の相場を動かしたのだ。

金融緩和はなぜ買いなのか

 問題は、なぜ、金融緩和だと彼らが買うのか。緩和なら株は買い、だと思うのか、ということだ。これも行動ファイナンスの基本、あるいは貨幣論の基本、あるいは社会の基本かもしれないが、自己実現理論だ。皆が買うだろうと思うから、私が買い、私が買うから、皆は買うのだ。そうして、皆が買うだろうという期待は実現し、自分の買いも期待と整合的で辻褄が合う。小難しく言えば、ナッシュ均衡となる。

 問題は、この自己実現は自己暗示ではない、ということだ。社会が存在して初めてこの自己実現は実現する。自と他が相互依存し、相互に期待を形成し、それを実現しないと行けない。岩井克人は貨幣は社会そのものであることを示唆したし、貨幣も市場も社会であり、市場とは、もちろん誰の目にも明らかなように社会であり、正しいものが勝つのではなく、悪貨が良貨を駆逐するように、動かしたものが勝つのであり、他の投資家が自分に追随するように動くようになるためには、自己が王として、いや市場の支配者として君臨する必要がある。ただし、この君臨は、力に寄らず、人々の気まぐれな期待に依存しても良いのだ。

 量的緩和は買いだ。

 このロジックは、米有力投資銀行が動いたから動け、著名ファンドが動いたから続け、カリスマトレーダーが勝ったから買いだ、というのと同じであるが、同時に違う。量的緩和で最初に買うのは、自己実現を狙って、自分の後に他の投資家が追随することを狙って買う投資家ではなく、中央銀行だ。損得は考えていない。しかし、この損得を考えない行動が得を生む。中央銀行が買えば買い、中央銀行には逆らうな、という鉄則、いや神話が市場で成立しているから投資家、トレーダーはこぞって買う。そうなれば、株価は上がり、国債金利も中央銀行が自分で買って下がる以上に下がる。追随者を利用して、いわばレバレッジを効かせて、金利低下を実現している。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアのミサイル「ICBMでない」と西側当局者、情

ワールド

トルコ中銀、主要金利50%に据え置き 12月の利下

ワールド

レバノン、停戦案修正を要求 イスラエルの即時撤退と

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザでの戦争犯罪
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッカーファンに...フセイン皇太子がインスタで披露
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 5
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 6
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story