コラム

ジャニーズ問題と天皇制

2023年11月01日(水)09時35分

国民と同じ位相にいる天皇

かつて現人神と奉られた昭和天皇から平成へと御世が移り、平成時代の天皇(現上皇陛下)は国民にとって尊くも親しみを覚える存在となった。国民統合の象徴であると同時に一人の人間でもあるという天皇の姿は、絶対的な貴人という概念を薄れさせ、相対的に賎民という区分も無効化した。貴賤の価値観が揺らいだ結果、芸能界への偏見(つまり特別扱い)をも解消させていったのではないだろうか。

上皇陛下は2003年(平成15年)までに47都道府県を回り、新しい時代の天皇の姿を国民に示された。その2年後の2005年、それまでの芸能界の常識を一変させるアイドル集団「AKB48」が誕生する。

「会いに行けるアイドル」がコンセプトの彼女たちは、芸能人と一般人の間にあった垣根を取り払った象徴的な事例とされる。その頃を起点として、芸能人はもはや"雲の上の存在"として崇める対象ではなくなっていった。暴対法を背景に暴力団の人数がピークから減少に転じるのも、同じく2005年である。

以後、暴力団の存在が社会から消えていく流れに沿うように、芸能界に対する特別視も薄れていった。当時現役のAV女優だった蒼井そらが地上波のテレビドラマに出演するなど、性産業やいわゆる夜職の成功者たちがメディアに多く登場するようになったのも、この頃からと記憶している。賭博関連では、カジノ誘致の動きが出てきたのも同時期である。

つまり、新時代の天皇像が確立された平成中期以降、歴史的に賎民とされた人々への偏見や特別扱いは徐々に薄れていった。

文春裁判が確定した2004年という年は、まだギリギリ「芸能界は特殊な世界」という治外法権が機能していた時代だった。加えて、同性愛や性被害への偏見も今以上に根強かった。LGBTの文脈で言えば、性同一性障害特例法が施行されたのも2004年である。それまで性的少数者は「見えない存在」だった。だからこそ、ジャニー喜多川の行為も「見えないもの」として扱われた。

それから約20年が経過し、貴賤の薄れた平準化された社会のなかで、日本人はジャニー喜多川の所業を「再発見」しまざまざと見るようになった。旧ジャニーズ事務所を取り巻く日本社会の「空気」に水を差すことをできたのは外国メディアだったが、それも必然だったのだろう。集団の「空気」を内部から変えることは難しく、仮に変えようとしても聞く耳を持たれないからだ。

今から20年後、私たちはどんな問題を「再発見」することになるのだろう。それを今知ることはできないが、その時々の「空気」に支配されていることは間違いなさそうである。

20241210issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年12月10日号(12月3日発売)は「サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦」特集。地域から地球を救う11のチャレンジとJO1のメンバーが語る「環境のためにできること」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米11月ISM非製造業総合指数52.1に低下、価格

ワールド

米ユナイテッドヘルスケアのCEO、マンハッタンで銃

ビジネス

米11月ADP民間雇用、14.6万人増 予想わずか

ワールド

仏大統領、内閣不信任可決なら速やかに新首相を任命へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求可決、6時間余で事態収束へ
  • 4
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 5
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 6
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 7
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 8
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない…
  • 9
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 10
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 4
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story