最新記事
シリーズ日本再発見

【緊急ルポ】新型コロナで中国人観光客を失った観光地の悲鳴と「悟り」

2020年03月18日(水)17時00分
西谷 格(ライター)

bakugai2.jpg

中国人に人気の観光地、河口湖の遊覧船の乗り場にあるバス停には寂寥感が TADASU NISHITANI

閑散とした歩道で植木に水をやっていた高齢女性に声を掛けた。土産物店で働いているが、この日はあまりに客が少ないため昼過ぎに店を閉めたという。「悪い病気がはやったものだね。もう商売上がったりよ」。話を聞くと「オーバーツーリズム(観光公害)」について語り始めた。

「中国人は声は大きいし、ポイ捨てはするし、とにかくガラが悪くて大変だった。商品の和菓子を素手でベタベタ触って写真を撮るし、びしょぬれの雨ガッパを着たままゾロゾロ狭い店の中に入ってきたりもしたね」。一気にまくし立てると、急にちょっと言い過ぎたという顔をして姿勢を正した。「まあでも、同じ人間だからね。ガラが悪い人たちでも、来てもらわないと困るんだ」

露呈した観光業の危うさ

ガラが悪くても、来てもらわないと困る──。女性の言葉は、今の日本の観光業の実態を端的に表していた。都心の繁華街も郊外の観光地も、中国人観光客のオーバーツーリズムには辟易していたはず。だが、彼らがいなくなると、残ったのはゴーストタウンのような寂しい街並みと、暇を持て余す売り子の姿だけ。

ぽっかりとあいた大きな穴は、とても日本人観光客だけでカバーできない。別の土産物店で働いていた中国人女性が言う。「日本の観光業って、全部中国頼みだったでしょ。中国人は金持ちだから、気に入ったら値段を気にせず1人で10箱も20箱も買っていく。日本人とは使う金額が比べものにならないんです」

それでも、日本人男性の店員は落ち着いた表情でこうも言っていた。「長い目で見れば、一度リセットして仕切り直しになってよかったのかもしれません。今まではどんどんお客さんが来て簡単に儲かるもんだから、客をなめたような商売もあったよね。別に富士山が噴火したわけじゃない、またやり直しますよ」

「客をなめた商売」というのは、ツアーガイドの間で横行していた高額なキックバックなどを指しているのだろう。爆買いバブルにのぼせていた人々にとって、コロナショックは冷や水になったはずだ。

最後に、御殿場アウトレットモールを回った。ここでも中国人観光客の姿はゼロ。敷地内では拡張工事が進められており、4月中旬には88店舗を追加した増設エリアがオープンするが、先行きは極めて不透明。広大な敷地に並ぶ店舗にはほとんど客がおらず、開店休業状態だ。物寂しい人工的な光景は、テレビで見た中国の武漢の街並みを彷彿させた。

こうして各地を回ってみると、観光業特有の危うさが如実に浮かび上がってくる。急激なブームとその後のバブル崩壊を見ると、観光業は浮き沈みが激しく、バクチ的要素すら付きまとうのだと感じられた。コロナ不況は始まったばかりで、観光地で働く人々には、まだ現状を笑い飛ばす余裕があった。

忍野八海では「来月の給料、怖いよねー!」と苦笑いで語り合うスタッフの姿もあった。だが、この窮状が2カ月、3カ月と続いていけば、その頃には笑顔も失われるに違いない。

<2020年3月24日号「観光業の呪い」特集より>

20200324issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月24日号(3月17日発売)は「観光業の呪い」特集。世界的な新型コロナ禍で浮き彫りになった、過度なインバウンド依存が地元にもたらすリスクとは? ほかに地下鉄サリン25年のルポ(森達也)、新型コロナ各国情勢など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中