【緊急ルポ】新型コロナで中国人観光客を失った観光地の悲鳴と「悟り」
閑散とした歩道で植木に水をやっていた高齢女性に声を掛けた。土産物店で働いているが、この日はあまりに客が少ないため昼過ぎに店を閉めたという。「悪い病気がはやったものだね。もう商売上がったりよ」。話を聞くと「オーバーツーリズム(観光公害)」について語り始めた。
「中国人は声は大きいし、ポイ捨てはするし、とにかくガラが悪くて大変だった。商品の和菓子を素手でベタベタ触って写真を撮るし、びしょぬれの雨ガッパを着たままゾロゾロ狭い店の中に入ってきたりもしたね」。一気にまくし立てると、急にちょっと言い過ぎたという顔をして姿勢を正した。「まあでも、同じ人間だからね。ガラが悪い人たちでも、来てもらわないと困るんだ」
露呈した観光業の危うさ
ガラが悪くても、来てもらわないと困る──。女性の言葉は、今の日本の観光業の実態を端的に表していた。都心の繁華街も郊外の観光地も、中国人観光客のオーバーツーリズムには辟易していたはず。だが、彼らがいなくなると、残ったのはゴーストタウンのような寂しい街並みと、暇を持て余す売り子の姿だけ。
ぽっかりとあいた大きな穴は、とても日本人観光客だけでカバーできない。別の土産物店で働いていた中国人女性が言う。「日本の観光業って、全部中国頼みだったでしょ。中国人は金持ちだから、気に入ったら値段を気にせず1人で10箱も20箱も買っていく。日本人とは使う金額が比べものにならないんです」
それでも、日本人男性の店員は落ち着いた表情でこうも言っていた。「長い目で見れば、一度リセットして仕切り直しになってよかったのかもしれません。今まではどんどんお客さんが来て簡単に儲かるもんだから、客をなめたような商売もあったよね。別に富士山が噴火したわけじゃない、またやり直しますよ」
「客をなめた商売」というのは、ツアーガイドの間で横行していた高額なキックバックなどを指しているのだろう。爆買いバブルにのぼせていた人々にとって、コロナショックは冷や水になったはずだ。
最後に、御殿場アウトレットモールを回った。ここでも中国人観光客の姿はゼロ。敷地内では拡張工事が進められており、4月中旬には88店舗を追加した増設エリアがオープンするが、先行きは極めて不透明。広大な敷地に並ぶ店舗にはほとんど客がおらず、開店休業状態だ。物寂しい人工的な光景は、テレビで見た中国の武漢の街並みを彷彿させた。
こうして各地を回ってみると、観光業特有の危うさが如実に浮かび上がってくる。急激なブームとその後のバブル崩壊を見ると、観光業は浮き沈みが激しく、バクチ的要素すら付きまとうのだと感じられた。コロナ不況は始まったばかりで、観光地で働く人々には、まだ現状を笑い飛ばす余裕があった。
忍野八海では「来月の給料、怖いよねー!」と苦笑いで語り合うスタッフの姿もあった。だが、この窮状が2カ月、3カ月と続いていけば、その頃には笑顔も失われるに違いない。
<2020年3月24日号「観光業の呪い」特集より>
2020年3月24日号(3月17日発売)は「観光業の呪い」特集。世界的な新型コロナ禍で浮き彫りになった、過度なインバウンド依存が地元にもたらすリスクとは? ほかに地下鉄サリン25年のルポ(森達也)、新型コロナ各国情勢など。