話題作『全裸監督』が黙して語らぬ、日本のミソジニー(女性憎悪)
Stripping Down 'The Naked Director'
英語圏の評価はまずまず
ネットフリックス日本法人の広報担当・東菜緒に改めて問うと、「実名(が持つ訴求力)は、制作段階でそこまで気にされていなかった」との回答だった。企業として醍醐味を感じたのは、共に時代を生きた仲間との恋や友情、人生の浮き沈みも含めた、普遍的な「青春物語」としての側面である、という。
成績下位の冴えないセールスマンが成人向け雑誌の販売事業を起こし、暗黙の掟を次々と破りながらAV業界に変革をもたらす成功譚は、確かに人の心を引き付ける。だが、ノンフィクション作家・本橋信宏による評伝が原作とはいえ、ドラマ版は複数名の脚本家がチームライティングを重ねて、時系列に至るまで大胆な脚色を加えたフィクションだ。作中人物の大半が偽名のなか、主役だけ実名を用いる必然性は感じられない。
米国ネットフリックス社は、契約者数1億5000万を超す世界最大規模のストリーミング配信サービスにして映像制作会社である。アプリを経由して膨大な視聴データを集積し、顧客の嗜好を的確に把握することで覇権を築いてきた。初期2シーズンで1億ドルもの巨額予算を投じた『ハウス・オブ・カード/野望の階段』(13~18年)が独自の予測データに基づいて監督や配役を選定し、アルゴリズムの読みどおりに大成功を収めた話はつとに有名だ。
続く快進撃のなか、まことしやかにささやかれるのは、ハリウッド映画の脚本術に代わる新しいコンテンツセオリーの噂。過激な性描写も、衝撃の流血シーンも、AIの高度な演算とアナリストの指示で書かれた筋書きか......同社作品には、そんな都市伝説が付きまとう。
『全裸監督』もしかり。人気シリーズ『ナルコス』(15~17年)の米国制作陣がシナリオレビューに関わったという情報は、本作の前評判を高めるのに一役買った。『ナルコス』はコロンビアを舞台に麻薬密売組織と取締捜査官たちの攻防を描いたドラマで、悪名をとどろかせながら裏社会でのし上がる実在の麻薬王が登場する。主役に実名を使用したのも、過去のヒット方程式に倣った米国側の要望では? と臆測を呼んだ。
広報担当の東は、国内作品に関しては東京オフィスに決裁権がある、と繰り返す。全世界100以上もの制作拠点が、一つ一つ米国本社の顔色をうかがう承認プロセスはあり得ない、と否定された。もともと国内視聴契約者には日本製・日本語のコンテンツを求める顕著な視聴傾向があり、本作もそこに狙いを定めたにすぎない、と。
扇情的な広告宣伝、郷愁をそそる実名利用、国内以上に日本人AV女優の人気が高いアジア圏でのヒット。日本法人が独自に意思決定を下した「内向き」コンテンツだと言われれば、いずれも納得に値する。人間による道義的判断だと聞かされると、データの導いた最適解だと言われる以上に良心が痛むのは、何とも皮肉なことだが。
ネットフリックスは一部作品を除いて視聴者数を公表していない。『全裸監督』も、欧米など他の地域での反響については非公開とのこと。英語圏のネットレビューに目を通してみると、評価は低くはない。大掛かりなセットで好景気に沸く昭和末期の猥雑な新宿・歌舞伎町が再現され、リリー・フランキー、國村隼、ピエール瀧など国際映画祭出品作の常連俳優を配し、裏社会の資金源となるポルノ産業の内情が赤裸々に描かれる。エロにバブルにヤクザ。異国情緒あふれる日本の風俗がテンコ盛りだ、ウケるのは分かる。
視聴者を共犯に仕立てる
他方、「文化の違いか、登場人物の行動に感情移入しづらい」との声も目に付いた。劇中の村西は何を考えているか謎のまま、ライバル勢力も仲間たちも、そのとっぴな発想とワンマンぶりに翻弄されていく。
浮気した妻から「あんたでイッたことないのよ!」と罵倒されて以降、ポルノの販売制作、特に不法な本番行為の撮影に執念を燃やすのだが、欲望の解放について饒舌に語り倒す村西が、自身の後ろ暗い復讐心、その奥に読み取れるミソジニー(女性憎悪)について内省することはない。カメラの前で黒木香に背面騎乗位を取られる場面が後半のハイライトで、これは村西が妻を寝取られた際に目撃した同じ体位である。