コラム

ウィキリークス「幻の逮捕状」の本当の怖さ

2010年08月23日(月)16時33分

「われわれは『汚い罠』を警告されていた。これがその第1弾だ」――民間の内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者、ジュリアン・アサンジ(39)がツイッターで訴えた言葉は、なにやら巨大な陰謀を感じさせる。

 アフガニスタンでの戦争に関する膨大な機密文書を暴露して議論を呼んでいるウィキリークスのアサンジに8月21日、スウェーデンの検察当局が逮捕状を請求したことが報じられた。容疑はレイプと痴漢行為だ。スウェーデン人の女性2人からの告発があったという。

 ところが当局はその数時間後、逮捕状を取り下げた。担当検事による逮捕状の請求を上司が精査した結果、「レイプ容疑の根拠がない」と判断したようだ。痴漢容疑に関しては、まだ容疑を検討中だとの報道もある。

 機密情報の暴露で米当局から目をつけられるオーストラリア人のアサンジに、なぜスウェーデンが逮捕状を? どうやら彼が直前の8月中旬、講演でスウェーデンのストックホルムなどに滞在していたのと関係があるらしい。同国の新聞2紙は、告発した女性2人はスウェーデンで働くウィキリークスのスタッフだとも報じている。

 アサンジはこの一件に猛反発。告発には「まるで根拠がなく」、このタイミングで逮捕状が出されたことは「深刻な妨害行為」だと訴えている。ウィキリークスは近々、アフガニスタンの戦争に関してさらなる機密情報の暴露を予定していた。アサンジによれば、ウィキリークスの信頼性を揺るがそうとする「敵」が罠をしかけようとしていることは以前から警告されていて、その忠告の中には「セックストラップ」も含まれていたという。

 アサンジにとってさらにショックが大きいのは、逮捕状を出したのが他ならぬスウェーデン当局だったこと。彼は同国をウィキリークスと自らの生活の拠点にすることも考えていたという。その理由は、報道の自由が法律によって強く守られている国だからだ。確かに、世界の国々の報道の自由度を調査しているフリーダムハウスの09年の発表によると、スウェーデンの順位は11位(オーストラリアは22位、アメリカは18位、ちなみに日本は21位)。報道の自由に関する「法律的」な環境は世界第2位と高レベルだ。スウェーデンの新聞Adtonbladetは彼をコラムニストとして採用することで合意していた。そうすれば同国の法律の下、彼の報道の自由は守られるわけだ。

 米国防総省の報道官は8月22日、今回のスウェーデンでの告発に米当局が絡んでいるとの憶測を「馬鹿げている」と一蹴した。アサンジの言うところの「敵」が誰なのか、今回の一件の背後に何があるのかは、今のところわからない。だが、事の真相やその重要度はともかく、一度世間に暴露された情報がいかに大きな影響力を持って一人歩きしていくか、という怖さは、誰よりもアサンジがよく知っているに違いない。

――編集部・高木由美子

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS

ビジネス

NY外為市場=円が上昇、米「相互関税」への警戒で安
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story