コラム

「核兵器を使えばガザ戦争はすぐ終わる」は正しいか? 大戦末期の日本とガザが違う4つの理由

2024年08月15日(木)13時30分

(3)他に反抗拠点がある

第三に、反抗拠点の有無だ。

大戦末期の日本の場合、本土全体が空襲にさらされていて、逃げ場はなかった。それは降伏以外の選択肢がほとんどなかった一因といえる。

これに対して、ガザが核攻撃を受けた場合、イスラエルに抵抗する勢力には、ヨルダン川西岸が反抗拠点として残る。ヨルダン川西岸は国連決議で"パレスチナ人のもの"と定められた土地で、暫定政府もここを拠点にしている。

「その場合はヨルダン川西岸も核攻撃すればいい」という威勢のいい意見もあるかもしれないが、それこそ無理というものだ。

ヨルダン川西岸にはユダヤ教最大の聖地(キリスト教とイスラームにとっても同様だが)であるエルサレムがある。

さらにガザと異なり、ヨルダン川西岸はイスラエルが今も実効支配し続けていて、多くのイスラエル人が入植しているだけでなく、(国連決議に反して)エルサレムを"首都"に位置付けている。

つまり、ヨルダン川西岸への核攻撃は、イスラエルの国内政治的にもほぼあり得ない。

とすると、たとえガザが核攻撃されても、主戦場がヨルダン川西岸に移るだけになりかねない。その場合、戦闘はより泥沼化しやすいともいえる。

(4)支援者がいる

 最後に、大戦末期に孤立無縁だった日本と異なり、ハマスには軍事的協力者がいる。

レバノンのイスラーム組織ヒズボラやイエメンのフーシは、もともとイスラエルと敵対していたが、ガザ侵攻が始まって以来その攻撃は加速している。

さらにイランはこれらを支援しているとみられる。アメリカ政府は「イランの核能力が急速に向上している」と警戒している。

ガザが核攻撃を受けたとしても、これらが一瞬で静かになるはずはない。むしろ、かえって戦火が爆発的に広がる懸念の方が大きい。

威勢のいい方々はそれでも「だったら全部核攻撃すればいい」というかもしれない。しかし、それこそ本末転倒だ。「核攻撃すれば戦争はすぐ終わる」という最初の命題をいとも簡単に放棄する主張だからだ。

こうしてみた時、「核兵器を使えばガザ戦争はすぐにでも終わる」というのは、あまりにも短絡だろう。それは単に力に取り憑かれた思想とさえいえるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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