コラム

ISがモクスクワテロの犯行声明を出してもプーチンが「ウクライナ犯行説」にこだわる3つの理由

2024年03月26日(火)20時10分

③「アメリカ黒幕説」の煽動

そして最後に、①、②と重複するところもあるが、欧米のイメージダウンのため情報を撹乱することだ。

「ウクライナの関与」の示唆により、ロシア政府は「IS-Kのテロに関するアメリカの事前警告」を暗に否定したことになる。

それを発展させると、「アメリカは事前警告をしなかったのに、後になって “警告した” といっている」というストーリーになりやすい。

それをさらに発展させれば、「なぜならアメリカ自身がテロに関わっていたからだ」という陰謀論にもなる。

この主張は一見すれば荒唐無稽だが、「実際IS-Kが犯行声明を出した大きなテロは、アフガニスタンを除けば、ロシアやイランなどアメリカと敵対する国ばかりじゃないか」という論理で正当化されることが想像される。

イランは長年アメリカと敵対してきたが、南東部ケルマンで今年初旬、100人以上が殺害される爆破テロが発生し、IS-Kが犯行声明を出した。この際も、アメリカは敵対するイラン政府に対して事前に警告していたといわれる。

しかもこの爆破テロは、2020年にアメリカのドローン攻撃で殺害されたイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の追悼式の最中に発生した。これも「アメリカ黒幕説」を言いたい人には格好の材料になるだろう。

つまり、アメリカの言い分を暗に否定することは、欧米のイメージを悪化させる陰謀論を広げる効果があるといえる。

欧米では自国の政府への不信感を背景に、Q-Anon支持者を中心にロシアのプロパガンダを信用する人も一定数いる。

とすれば、ほとんどの人が大きな疑問を抱く「ウクライナ犯行説」をプーチンがあえて主張することは、それなりの合理性があることになる。

ただし、それはロシア政府の自己保身にとって、という意味での合理性であり、少なくともIS-Kによるテロが再発するリスクを軽減するものではないだろう。プーチンが「真犯人は他にいる」といっても、それでIS-Kが静かになるはずはないのだから。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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