コラム

ガザ危機で日本にできることは何か──「独自の立場の日本は橋渡しできる」の3つの錯誤

2023年11月09日(木)19時55分
ガザ空爆であがる煙

イスラエル軍によるガザ空爆であがる煙(11月4日) REUTERS/Mohammed Al Masri TPX IMAGES OF THE DAY

<中東で直接「手を汚した」ことはなく、双方と良好な関係を維持しているからといって「仲介役」が務まるわけではない>

ガザでの「戦争犯罪」すら指摘されるなか、国内ではTVコメンテーターなどが「日本は中東で手を汚したことがなく、宗教的にも中立的なのだから、和平の橋渡しができる」といった主張をしばしば展開する。しかし、そこには3つの錯誤があり、実際に日本ができることとかけ離れている。

「手を汚していない」か

何が錯誤なのか。第一に、日本が「中東で手を汚したことがない」と言い切るのは、ややバランスを欠く。

中東のほとんどは19世紀から20世紀初頭にかけてヨーロッパ各国の支配下に置かれた。さらに冷戦期は二つの超大国が争う舞台となり、21世紀にはアメリカ主導の対テロ戦争の主戦場となった。

日本政府がこれらに直接関与したことはほとんどない。ただし、他国が中東で「手を汚す」のを黙ってみてきたこともまた確かだ。

例えば、2003年にアメリカが「フセイン政権が大量破壊兵器を保有している」という偽情報に基づいてイラクを侵攻した時、中東だけでなく一部のNATO加盟国を含む多くの国が反対するなか、ごく一部の国だけこれを支持した。日本はそのなかに含まれていた。

パレスチナに関していえば、日本は1973年以来、公式にはイスラエルによる占領政策(これがパレスチナ問題の核心なのだが、日本ではスルーするメディアが多い)に反対してきたが、その建前が実態をともなわないことも珍しくない。

例えば10月7日にハマスが大規模攻撃を仕かけ、イスラエル民間人の死者が1300人を超えた時、日本政府は翌日「強く非難」した。

ところが、2014年7~8月にイスラエルがやはり大規模な越境攻撃を行い、パレスチナ側で2000人以上の民間人が死亡した時、外務省から公式コメントはほとんどなく、エジプトの仲介で停戦合意が結ばれた後の8月29日にやっと「停戦合意を歓迎する」と述べるにとどまった。

要するに、日本は直接「手を汚して」なくても、同盟国アメリカ、そしてその支援を受けるイスラエル寄りのスタンスが目立つ。

「中立=仲介役に適している」か

第二に、「因縁が薄いから仲介できる」とはいえないことだ。

日本はイスラーム世界と十字軍以来の対立の歴史がある欧米と、少なくとも宗教対立に関して立ち位置が違う。また、日本の石油輸入の多くを依存するアラブ諸国と目立った対立を抱えていないことも確かだ。

ただし、仮に日本が中立だったとしても、「だから橋渡しできる」とはいえない。

多くの歴史が示しているのは、紛争当事者の橋渡しをできるのは決して中立的ではないがその問題に深く関わっている国が多い、ということだ。

パレスチナ問題に関していえば、キャンプ・デービッド合意(1978年)やオスロ合意(1993年)など、大きな転機になった和平合意のほとんどはアメリカが仲介した。イスラエルに最も影響力を行使できるのがアメリカだからだ。

イスラエルを支援してパレスチナでの戦闘を加熱させてきたアメリカ自身が仲介役を務めてきた、という点に国際政治の逆説がある。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story