コラム

ガザ危機で日本にできることは何か──「独自の立場の日本は橋渡しできる」の3つの錯誤

2023年11月09日(木)19時55分

中東以外でもほとんどの場合、紛争終結のための働きかけに当事者が耳を貸すかどうかは、中立的かどうかより影響力を発揮できるかどうかにかかっている。

むしろ、深く関わっていない国が白騎士のように和平をプロモートできた事例は、大学やNGOといった民間ベースの交流をもとにオスロ合意の下準備をしたノルウェーのようなごく一部の例外だけだ。

この観点からみると、日本はイスラエルともアラブ諸国ともそれなりに良好な関係を維持しているが、一部のコメンテーターがいうほど深いつき合いではない。

例えば、中東最大の産油国サウジアラビアとの取引高で日本は先進国中最大だが、中国やインドには及ばない。

さらに日本の場合、中東産油国との交易には大幅な輸入超過の構造が定着していて、石油購入以外の取引は限定的だ。グローバルな資源取引が「売り手市場」になっている以上、大顧客であることの影響力はたいして見込めない。

一方、対イスラエル貿易に関してIMFの統計をみると、日本(2022年)は約23億ドル程度で、アメリカ(約282億ドル)を含むG7で最小規模であるばかりか、冷戦時代からパレスチナを支持してきた中国(約177億ドル)やインド(約65億ドル)と比べても小さい。

とすれば、ガザ危機が深刻化するなか上川外務大臣などが周辺国首脳と相次いで会談しているが、「日本のいうことだから耳を貸そう」となる政府がどれだけあるかは疑問だ。

「本気だせばできる」の夢想

ここまでの2点は能力の問題だったが、最後の1点は意思の問題だ。

そもそもこれまで海外の紛争で日本政府が実質的な仲介役を果たそうとした(形式的「やってます」アピールを除き)ことはほぼ皆無だ。

日本政府は深刻な人権侵害などがあっても外国の問題にかかわらない「内政不干渉」を外交の柱にしているからだ。

パレスチナの場合、先述のように日本政府はこれまで「イスラエルの占領政策に反対」と表明してきたが、原則論はともかく具体的な事案に関しては、重要な役割を果たそうとする意思をほとんどみせてこなかった。

ガザ危機に関していえば、日本政府は欧米各国とともに「イスラエルの自衛権」を支持している。人道危機が深刻化するなかでこれを強調することは事実上「イスラエルをあえてひき止めない」といっているに等しい。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

和平計画、ウクライナと欧州が関与すべきとEU外相

ビジネス

ECB利下げ、大幅な見通しの変化必要=アイルランド

ワールド

台湾輸出受注、10カ月連続増 年間で7000億ドル

ワールド

中国、日本が「間違った」道を進み続けるなら必要な措
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 7
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 8
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 9
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story